eぶらあぼ 2015.8月号
169/193
210 川村美紀子は、トヨタ コレオグラフィーアワードと横浜ダンスコレクションEXという、日本を代表するふたつのコンペティションで大賞を受賞。しかもそれぞれが大賞以外の他の賞とのダブル受賞であるという怪物ぶりをみせている。だが華麗な受賞歴のことすらフッと忘れてしまうほど、強烈なダンスと作品世界で人々を魅了するのである。 海外からの招聘やコラボレーションの依頼も多いが、今回は日本でのふたつの新作公演について話を聞いた。ひとつずつ言葉を選ぶようにして、ゆっくりと会話は進んだ。 まずはトヨタの副賞として、金沢21世紀美術館でのレジデンスだ。出演する6人のダンサーとともに8月の末から約2週間滞在し創作。9月の金沢を皮切りに東京・高知と巡演する。タイトルは『まぼろしの夜明け』である。 「従来のような作品に『プライベートな要素を盛り込む』ことにはちょっと飽きてきていて、自分を消す試みを色々しています。電車が通るときに自分の名前を叫び続けて『轟音にかき消される名前』を実感してノドが痛くなってアメを舐めたり。紙に自分の名前をボールペンで何百回と書くと線の中に名前が埋没して読めなくなるんですが、紙が破れて机にインクがついちゃって消しゴムで消したり…」 自分自身の消滅を実感したいというわけだろうか。すでに評価されている自分のスタイルに対し、真っ先に自分で飽きてしまっているところが、川村の潜在的な才能の大きさを表している。今作の企画書には「身体との戦い」と書かれているが…。 「はい。今回は身体がカラッポになるくらい踊りまくりたいと思っています。本当に『戦う』と言い切れるような時間と空間の舞台を作りたい。そういうメンバーを集めるため、今回は初めて公開オーディションをしました。初日はとにかく5時間くらい踊りっぱなしだったので、2日目は大幅に参加者が減りましたけど…。このオーディションを乗り越えてくれた5人のダンサーとはとことん『戦える』と思っています。観客が終電を忘れて夜明けまで街をふらつくくらい踊りたい」 レジデンスする金沢21世紀美術館は舞台芸術にも積極的で、以前からトヨタ コレオグラフィーアワードと連携して、こうしたレジデンスを行ってきた。川村は別企画ながらここで踊ったことがあるという。 「観客もスタッフも皆温かくて、とても気持ちよく踊れました。しかもそのうち何人かは東京まで私の公演を観にきてくれたんです。レジデンスする環境も素晴らしく、美しい自然と整った施設で創作に集中できるので、楽しみですね」 じつは自主公演は今回が初めてになるという。様々な「初めて」を越えてどうなるか、楽しみだ。 さてもうひとつ期待なのが『春の祭典』である。12組のダンサーがそれぞれの『春の祭典』を上演するという企画だ(P.217参照)。 腕に覚えのある振付家なら挑みたくなる曲だが、ダンスに力がなければ跳ね返されてしまう。この難曲に立ち向かう意気込みを聞いたところ、川村は他人の『春の祭典』自体見たことがないという気負いのなさを見事に発揮してくれた。 「私は、曲によってやりやすい・やりにくいということはないんです。ただ今回は、これまでのように曲の順序を組み替えず、丸々一曲流しっぱなしにして、電車の時刻表を見るように流れてくる曲に沿って踊ります」 ここでもまた、新たな挑戦が見られそうだ。 コンペティションに参加した作品しか観ていない人には意外かもしれないが、川村の作品では、ダンスのみならず、歌や会話といった様々な要素もバンバン入ってくる。それらは川村にとって舞台上では等価なものなのだろうか。 「そうですね。でも人と関わってきた時間はダンスが圧倒的に長いし、やはり特別な存在です。ダンスがなければ出会わなかった人がいまは私を支えてくれていますから」 かつては作品作りで手一杯だったが、いまは周囲にも感謝の念を抱くようになったとか。しかし決して丸くなったりはしない。後頭部をブン殴られるようなダンスを見せてくれるはずだ。川村美紀子は、本質において川村美紀子なのだから。身体がカラッポになるくらい踊りまくりたい取材・文:乗越たかお 写真:中村風詩人川村美紀子 新作『まぼろしの夜明け』トヨタ コレオグラフィーアワード 2014 受賞者金沢21世紀美術館レジデンシープログラムプレビュー公演&トーク9/5 (土)18:00、9/6(日)15:00金沢21世紀美術館シアター21 発売中問 金沢21世紀美術館 交流課076-220-2811 http://www.kanazawa21.jpトヨタ コレオグラフィーアワード 2014 受賞者公演10/9(金)~10/11(日) シアタートラム 8/10(月)発売問 ダンスインディード090-4429-5747http://setagaya-pt.jp高知パフォーミング・アーツ・フェスティバル201511/22(日) 高知県立美術館ホール 9月上旬発売問 高知県立美術館088-866-8000http://kochi-bunkazaidan.or.jp/~museumInformation
元のページ