eぶらあぼ 2015.7月号
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25協奏曲と“無伴奏”で自分の核となる部分をお見せしたいと思います取材・文:宮本 明 写真:藤本史昭 協力:横浜みなとみらいホール NHK交響楽団と共演してデビューしたのはまだ小学生だった1975年。それから40年の節目の年を迎えている千住真理子。メモリアル・イヤーを、彼女らしい熟考がうかがえるプログラムで疾走中だ。昨年末から、『ベスト盤』『イザイ無伴奏ソナタ全曲』『バッハ無伴奏ヴァイオリン全曲』と立て続けに3タイトルのCDをリリース。1月にはイザイによるリサイタル、春からは集中的に協奏曲を弾き、12月にバッハの無伴奏全曲リサイタルで締めくくる、濃密な1年だ。 夏にかけて取り組んでいるのが協奏曲。4〜6月の横浜みなとみらいホールでの全3回の『千住真理子フェスティヴァル』(最終回は6/21)を経て、7/25のサントリーホールで、一連の『協奏曲シリーズ』のフィナーレを迎える。 「面白いですよぉ! 40周年に自分の核となるものをお見せしたい。それが協奏曲、そして無伴奏です。数十人のオーケストラの皆さんが一緒になって音楽を作ってくれて、本番のステージでどう音を投げかけてくるのか、そして私がそれをどう投げ返すか。その音楽の対話がダントツに楽しいのが協奏曲です」 7月の公演では超名曲メンデルスゾーンと、「もしかしたら一番好きな曲」という、ラロの「スペイン交響曲」、2曲の協奏曲を弾く。 「ラロは、小さい頃から無性に好きでたまらなかった作品です。この曲を弾くと血が騒ぐみたいな。いつもわくわくしながら弾いていました。協奏曲というと普通3楽章の作品が多いのに5楽章あるのも面白かったし、その5つの楽章がそれぞれまったく違うので、弾いていてすごく楽しかったんです。ステージで初めて弾いたのは中学1年生ぐらいの頃、山本直純先生の指揮でした。『真理子ちゃん、ここはすごい格好をした女の人が出てきてね…』と曲の雰囲気を説明しながら直純先生が教えてくれたラロ。『もっとやれ、もっとやれ!』と濃い表現を引き出そうとしてくださった直純先生の言葉がすごく印象に残っています。暑い夏に、このスペイン情緒を弾けるのは楽しみです」 メンデルスゾーンは数え切れないほど弾いてきた。 「最初に弾いた中学生の頃から、これまでに100回どころじゃなく弾いていると思いますが、何回弾いても新鮮なのが不思議です。さすが『メンコン』!(笑)。名曲と言われるのには、そういうところにも理由があるのだと思いますね。気品に満ちた作品で、ラロの協奏曲が情熱的なちょっと陰のある女性が出てくるとしたら、メンデルスゾーンは気高い女性。対照的です。それぞれの作品の個性をどうやって表現しようか、それを考えるのもすごく面白いんです。ひとつのステージで2曲の協奏曲を弾くのは体力や精神力の面では尋常ではなく大変ですが、作品の個性を自分の中で“ずしん”と認識しながら弾くことができるのは、1曲だけを弾く演奏会とは異なる楽しさです」 すでに記念のシーズンの半分が過ぎ、「40周年」に対する考え方が自分の中で少し変わってきたという。 「この一年に入る前は、『え、もう40年?』とクエスチョン・マークさえ付いていたんですけれども、こうやっていろいろな種類の演奏会を行っているうちに、確かに40年間ステージを踏んできたんだという手応えを実感するようになってきました。というのは、練習しながら、本番で弾きながら、『あの時はこう弾いた、この時はこういう音を出した』という40年間の体験を思い出して、それを演奏に生かすことができるんですね。40年の蓄積の上で新たな音楽を生み出す喜びを感じています」 12月にはバッハの「無伴奏」も待っている。 「バッハは“祈り”です。自分の中にどういう祈りを歌い上げていこうか。といっても、自分を入れ込みすぎてもダメだし、入れなくてもダメというのもバッハ。悩ましいところです。修行僧のように、他のすべてを排除して向き合いたいと思います」 あと半年。いろんな顔の千住真理子を楽しめるメモリアル・シーズンはまだまだ続く。ProleNHK交響楽団と共演し12歳でデビュー。日本音楽コンクールに最年少15歳で優勝。2002年秋、ストラディヴァリウス「デュランティ」との運命的な出会いを果たし、話題となる。15年はデビュー40周年を迎え、1月にイザイ無伴奏ソナタ全曲「心の叫び」、2月にはバッハ無伴奏ソナタ&パルティータ全曲「平和への祈り」をリリース、両作品とも「レコード芸術」誌の特選盤に選ばれた。コンサート活動以外にも、ボランティア活動、講演会やラジオのパーソナリティを務めるなど、多岐にわたり活躍。著書は「聞いて、ヴァイオリンの詩」(時事通信社、文藝春秋社文春文庫)、母との共著「命の往復書簡2011~2013」(文藝春秋社)「ヴァイオリニスト 20の哲学」(ヤマハミュージックメディア)など多数。
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