eぶらあぼ 2015.7月号
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23カンブルランが描くワーグナーとマーラーの世界取材・文:山田真一 写真:武藤 章 2010年に常任指揮者に就任して以来、読売日本交響楽団との演奏ぶりが好調なシルヴァン・カンブルランが、今シーズンの後半は2つの大曲を指揮する。まず、残念ながらすでに完売となっているが、9月にはワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》を演奏会形式で披露する。ワーグナーだけでなく、クラシック音楽の歴史上、一つの転換点をつくった大傑作だ。 カンブルランは現在、シュトゥットガルト歌劇場の音楽総監督も務めるが、そのシュトゥットガルトですでに上演した演目だけに、同曲への理解は人並みならぬものがある。 「世界には魅力的なオペラがたくさんありますが、この作品は際立っています。なぜなら、歌も素晴らしいが、音楽そのものが物語を紡ぐ作品だからです。4時間にも及ぶ長大な作品を演奏会形式で一晩で演奏することに驚く方もいるでしょうが、この作品はそうした形態で演奏することで、むしろ魅力が増す作品なのです」 いわば「交響曲的なオペラ」で、その特徴をよく理解できる作品なのだ。そのため、「オーケストラにとって、演奏するのは重要な機会になるはずです」と常任指揮者としての立場からも長期的に読響の力を磨くことになり、良いことだと強調する。 通常、このような大作オペラを準備するには何ヵ月もの時間を要する。加えて、「トリスタンにしても、イゾルデにしても、一幕まるまる歌うような場面がある。これは大変な労力」というような作品だ。だが、今回日本で出演するキャストは、昨年、シュトゥットガルト歌劇場で出演したキャストばかり。それだけに、歌手との気心はすでに知れており、歌手陣とのアンサンブルには自信を持つ。 「この曲の魅力に取り憑かれている」というカンブルランのワーグナー解釈にも注目だ。 さて、マエストロの注目すべき公演として、来年2月にはモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」とマーラーの交響曲第7番「夜の歌」という“セレナード・ナイト”も控えている。モーツァルトとマーラーという、曲の構成も長さも著しく異なる作品を、時代を超えて対比させるあたりは古典にも現代曲にも強いカンブルランらしいプログラムだ。 マーラーの特徴を、シーズン始めに取り上げたブルックナーと較べて、こう語る。Prole色彩感あふれる緻密な演奏で圧倒的な評価を確立している読売日本交響楽団の第9代常任指揮者。1948年フランス・アミアン生まれ。ベルギー王立モネ歌劇場の音楽監督、フランクフルト歌劇場の音楽総監督、バーデンバーデン&フライブルクSWR(南西ドイツ放送)響の首席指揮者を歴任。現在は、シュトゥットガルト歌劇場の音楽総監督、クラングフォーラム・ウィーンの首席客演指揮者も兼任。これまでに、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、パリ管、クリーヴランド管など世界の一流楽団と共演し、ザルツブルク音楽祭でも活躍。録音も数多く、読響との《春の祭典/中国の不思議な役人》は、「レコード芸術」誌で特選盤に選ばれた。今年3月には、読響の欧州ツアーを成功に導いた。 「2人とも巨大な交響曲を作曲したという共通点を持ちます。旋律も長く、大編成のオーケストラという点でも共通している。一方で、音楽のドラマトゥルギーが大きく異なります。マーラーは引用が多く、しかも音楽の重要な箇所で使っている。これはブルックナーにはないこと。マーチ、カリカチュア、グロテスクという要素を頻繁に採り入れているのもマーラーの特徴です。これは、2人の作曲家の人生の背景から来た違いでしょう」 「ブルックナーは敬虔なカトリックで田舎育ち。一方、マーラーはユダヤ人でスター指揮者、そしてウィーン国立歌劇場の芸術監督にまで上りつめた。背景が全く違う。オーケストレーションも大きく異なります。ブルックナーは当時の伝統に沿ったオーケストラの音に準拠していますが、マーラーは新しい音の組み合わせ、音色を生み出しました。オーケストレーションのユニークさで、時代の先取りをしている。また、マーラーは、音楽による感情表現が大きい。悲しみはとても深く、喜びは爆発的。ブルックナーはその音の厚さと大きさで知られていますが、マーラーも同じ特徴がある一方、とても繊細な、楽器や音の組み合わせがあります。ですから、オーケストラの音の組織力が問われる。その典型が、交響曲第7番なのです」 だからこそ、現代のオーケストラがマーラーを演奏する意義があると言う。 「第7番は、2つの“夜の歌”を持つ、5楽章形式のユニークな構成です。初めて聴く人には驚きもあるでしょうが、そのおもしろさに必ず気づかされるはずです。そして、オーケストラにとってチャレンジングな曲です。オーケストラのアンサンブルの秀逸さをぜひ、味わっていただきたい」 大曲ばかりに取り組む、今シーズンのカンブルラン。一年を通して、目が離せない。
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