eぶらあぼ 2015.6月号
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60©ノザワヒロミチ(CAPSULEOFFICE)目で聴く 耳で観る 即興コンサート7/7(火)19:00 Hakuju Hall問 Hakuju Hallチケットセンター03-5478-8700 http://www.hakujuhall.jp平野公まさたか崇(『目で聴く 耳で観る 即興コンサート』監修)“ギリギリの芸術”をリアルタイムで体験取材・文:大塚正昭Interview 七夕の晩に、東京芸術大学と洗足学園大学の学生と卒業生によるコンサートが開催される。題して『目で聴く 耳で観る 即興コンサート』。チラシに書かれた出演者には、音楽学部に加え美術学部の学生と卒業生、そして「ピアノ、歌、尺八、琴、ヴァイオリン、サックス、建築、日本画」とある。これは一体どのようなコンサートなのだろうか? この公演の監修者であり両大学で即興演奏を教えている、サクソフォン奏者の平野公崇に話をきいた。 「即興と通常の演奏の違いを例えるなら、ドキュメンタリーと台詞のあるドラマでしょうか。即興とはその奏者の“事実”そのものをリアルタイムに体験する芸術です。ですから、奏者とリスナーにとって一瞬たりとも気が抜けないスリリングなものです。人間は極限状態になると日常では不可能な潜在能力が発揮されるといわれていますが、即興ではまさにその極限状態がずっと続き、通常では絶対演奏できないような音楽を奏でてしまうこともあるのです」 平野が即興と出会ったのはパリ高等音楽院だった。 「音楽院の卒業試験直後に、たまたま耳にしたヨーロッパの学生の演奏したフレーズの美しさに衝撃を受けました。彼は、おそらく何も考えずにすーっと吹いただけなのに、なぜこんなに素晴らしい音が奏でられるのか? 自分が今まで努力して得てきたものは、一体なんだったのか? 正直、ものすごい挫折感を味わいました」 この挫折を味わったのち、平野は同音楽院の即興クラスの門を叩く。 「即興は私にとって初めての経験でしたが、授業が進むにつれて、私の演奏は“日本的”だと言われるようになりました。自分では何が“日本的”なのか理解できなかったのですが、彼らはその価値観を認め尊重してくれている。そうか、これこそ自分が“ありのままでいい”という価値観なのかと。欧州の人々にとって、クラシック音楽は自国の文化だというはっきりとした自覚があります。でも日本人はそうであるとは言い難い。これは日本人がクラシック音楽に対して、自らの発想や価値観を育んでこなかったのが原因ではないかと思うようになったのです。私はその価値観を即興でみつけることができたのです」 しかし、即興は日本人にとって苦手というイメージがある。 「複数の奏者と即興を行う場合、相手の演奏をいかに理解するかが大事なポイントです。それも奏者の心理までを瞬時に察することができれば、即興のレベルは格段に上がります。日本人の“察する”または“相手を慮る”という能力は世界最高レベル。この能力こそが即興を素晴らしいものに導くカギなのです」 そして洗足学園大と東京芸大で即興の授業を受け持つようになり、今回の企画を考えた。 「授業の中で創造が生まれる環境をつくりたいと願っています。美術学部の生徒たちが加わることで、音楽学部の生徒はどんどん刺激を受けていて、面白い反応が日々起こっています。どんなコンサートになるかは、当日までわかりません。若い人たちが創りあげる“ギリギリの芸術”、ぜひ一緒に体験してみてください!」6/9(火)19:00 東京文化会館(小)問 プロアルテムジケ03-3943-6677 http://www.proarte.co.jp脇岡洋平(ピアノ)俊英が挑むリストの深淵文:笹田和人 鮮烈なる感動が、再び。脇岡洋平は、東京芸大からベルリン“ハンス・アイスラー”音楽大学、さらにハンガリーのリスト音楽院で研鑽を積んだ俊英ピアニスト。在学中から国内外のコンクールで入賞を重ね、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団など一線オーケストラと共演する一方、ブダペストでのリサイタル・シリーズも現地で高く評価されるなど、国際的な活動を展開している。 今回は、2010年と12年に続いての東京文化会館小ホールでのリサイタル。ヘンデルの組曲第5番に、リスト編曲のワーグナー「イゾルデの愛の死」、フランク「前奏曲、コラールとフーガ」、リスト「巡礼の年」から第2年「イタリア」という彩り豊かなプログラムに挑む。リストを軸に、繋がりの深いワーグナー、緩やかに繋がるヘンデルとフランクを配するという、独特のセンスが光るメリハリのある選曲。これらの佳品が、俊英の妙技によって、どう共鳴し合ってゆくのか。ぜひともご自身の耳で、お確かめいただきたい。
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