eぶらあぼ 2015.6月号
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29現在進行形のモーツァルト体験取材・文:オヤマダアツシ 写真:中村風詩人 ベートーヴェンのソナタ全曲、J.S.バッハの無伴奏、イザイの無伴奏など、来日公演のたびに意欲的なプログラムを組み、鮮烈な印象を残しているヴァイオリニストのアリーナ・イブラギモヴァ。若い頃のジョディ・フォスターを思わせるルックスもインパクトが強く、キリッと引き締まった演奏がさらに彼女の印象を強く、深くしてくれる。 2015〜16年、彼女にとって新しい挑戦となるのはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏プロジェクトだ。9年前から共演を続けているセドリック・ティベルギアンと共に、王子ホールで行うコンサートは全5回。彼女も初めて弾くという曲が多いらしく「私自身にとっても聴衆にとっても新鮮なシリーズになるでしょうね」と目を輝かせる。 「ソナタは今まであまり手を付けずにいましたので、結果的にですがじっくりと自分の中で温めた、とてもいい状態の演奏を聴いていただけると思います。モーツァルトは、ヴァイオリン協奏曲や、第1ヴァイオリンを受け持つキアロスクーロ・カルテットで弦楽四重奏曲も演奏しています。新しい曲を弾くたびに新鮮な一面を発見できますし、創造性が豊かであるのは言うまでもありません。若い頃に書いた曲も決して慣習的ではなく、常にエキサイティングです。今回は、ひとつのコンサートでどの曲を組み合わせ、どういう順で演奏するかを考えるのがとても大変でしたが、面白い経験でもありました。ケッヘル6番や7番といった子供の頃に書かれている作品も演奏しますが、音符が少ないだけに一つひとつの価値が高くなり、子どもっぽいところもありますがチャーミングなところもあり、とても新鮮です。そして、常に若々しいスピリットを感じさせますね。あらためてすごい作曲家だということを、音楽から教えてもらっています」 イブラギモヴァはモダン楽器もピリオド楽器も演奏し、バロック音楽から現代の作品に至るまで幅広いレパートリーを少しずつ攻略している。その一端が来日公演や英ハイペリオン・レーベルからリリースされるCDで披露され、常に注目を集めてきた。 「今回のモーツァルトはモダン楽器で演奏しますが、将来的にはピリオド楽器でセドリックが弾くフォルテピアノやチェンバロと共演する可能性もあるでしょうね。いつも何ができるかを手探りしているんです。ピリオド楽器は大学時代から弾いていますが、絶対音感のせいで最初はピッチの違いに戸惑いました。でも弾いているうちに慣れてしまいましたよ」 キアロスクーロ・カルテットではピリオド楽器を弾くイブラギモヴァだが、音楽表現の多様性を提示してくれる奏者として評価は高い。おそらく今回のリサイタルでは、ハイブリッド・タイプの奏者だからこそ生まれるモーツァルトが聴けるのだろう。また、モーツァルトがJ.S.バッハの次世代音楽家として、バッハからどういった影響を受けているのかも気になるところだ。 「モーツァルトもフーガを書いているなど、たしかにJ.S.バッハとの関係性を探りたくなることはありますね。特にバロック期に近い初期のソナタは価値のないものだと思っている方もいるでしょうけれど、決してそうではありません。ピアノの存在がとても大きく、ピアノのための曲だとさえ感じることもありますが、それはそれで他の作曲家では得られない新鮮さがあり、自分にとってはチャレンジになります。セドリックとは最初から意気投合したくらい、互いに信頼し合っていますし、だからこそリスクを恐れずに一歩踏み出した表現が可能になるんです。今回のシリーズではモーツァルトを集中的に聴いていただくことにより、個々のソナタに限らず、モーツァルトの音楽そのものの印象が大きく変わるようになれば、聴衆の皆さんにとっても私たちにとっても素晴らしい体験になるだろうと信じています」 完成品の鑑賞というより、現在進行形で生き生きとしたモーツァルトを体験する楽しみが、このシリーズにはあるのだ。アリーナ・イブラギモヴァAlina Ibragimova ヴァイオリン

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