eぶらあぼ 2015.4月号
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43スクリャービンの音楽は、宇宙につながっている気がします取材・文:高坂はる香 写真:藤本史昭 昨年秋、ドイツ・グラモフォンから18歳という若さでデビューして大きな注目を集めた松田華音。6歳からロシアに渡って磨いた音楽は、生き生きと輝き、その若さにして驚くほどの確信に満ちている。 クラシックの演奏家にとって憧れのレーベルであるドイツ・グラモフォンから話があったのは、2013年に生まれ故郷、高松でのリサイタルを終えたバックステージでのことだった。「最初に聞いたときは、信じられない!と思いました。デビューをきっかけに演奏を聴いていただける機会が増えて嬉しいです。今年は日本に帰国する回数も増えそうです」 演奏家としてはもちろん、学生としても、この1年は身の回りに多くの変化があった。12年間学んできたグネーシン音楽学校を卒業して、モスクワ音楽院で学ぶようになったのだ。「今はミハイル・ヴォスクレセンスキー先生のクラスで勉強しています。これまで師事していたのは女性の先生だったので、新鮮です。先生が、ここはこの感情を表しているのではないかと言って弾いてくださるとき、これまで思っていたのとまた違うアプローチだと感じることがあるのです。例えば同じ“哀しみ”でも、女性と男性の感じ方は少し違うのかも。いろいろな感性を取り入れていきたいです」 一方のグネーシン時代の師は、教育者として名高いエレーナ・イワノーワ。門下には、2010年ショパンコンクールの覇者ユリアンナ・アヴデーエワもいる。「1年生で入ったとき、卒業の学年にアヴデーエワさんがいました。既に大人っぽくて迫力がありました。今の自分が当時の彼女と同じ年齢だとは思えません(笑)」 師との出会いは、02年に高松で行われたグネーシン音楽学校の講師陣によるセミナーだったという。そこで際立った才能を認められたことで、松田の母は、娘を連れてモスクワに渡ることを決意したのだそうだ。6歳から学んだイワノーワの教えで最も印象に残っていることはなんだろうか。「いつも、演奏の前にその音楽で何を伝えたいのかをしっかりイメージしなさいとおっしゃっていました。それがあれば、技術的な面はすべてついてくるものです。もちろん、普段ちゃんと練習をしていればの話なんですけれどね」 まったく同じことを、以前アヴデーエワも語っていた。イワノーワはその門下生たちに、揺るぎない技術を体得させると同時に、作品に対峙する精神をきっちり刷り込んでいるのだろう。 4月には、CDリリース記念リサイタルが行われる。プログラムの冒頭に置くのは、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」だ。「グネーシンの卒業試験で演奏しました。アヴデーエワさんもこの曲を卒業試験で弾いていましたが、その時初めて聴いてから、大人になったら弾いてみたいと思っていました」 強い共感を持つロシアものも取り上げる。なかでもスクリャービンが好きだそう。「スクリャービンの作品からは、匂いや光など音楽以外の要素も感じます。実際彼は、そんな、五感で感じられるものをすべて使った音楽を創ろうとしていたそうです。スクリャービンの作品は、どこか宇宙とつながっているような気がします。独特の世界観を持つ作曲家ですね」 読書が趣味だと言う彼女。特にロシア文学は大好きで、ドストエフスキー、プーシキン、トルストイ、ショーロホフなど、古典を中心にさまざまな作品を読んでいる。音楽のイメージも、そこから浮かんでくることが多いそうだ。「ふとした瞬間に、この音楽はこの物語の主人公の気持ちに合っているのではないかと思うことがあるんです。そうすると、より具体的に作品のイメージがつかめます」 自分の演奏を聴く人に届けたいのは、「喜び」だと彼女は言う。「音楽というのは、心を休めるためにあるものだと思うのです。もちろん、演奏する側はさまざまなことを考えて作品に取り組むわけですが、聴いてくださる方にとっては、とにかく気持ちがよくなる、心が楽になるものであってほしいと思っています」 静かで控えめな口調ながら、強い意志の宿るまっすぐな瞳でそう語ってくれた。

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