eぶらあぼ 2015.4月号
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41カシオーリと弾くとイマジネーションが膨らみます取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭 日本でも毎年豊穣な音楽を聴かせている世界的ヴァイオリニスト・庄司紗矢香。彼女は今年5~6月、イタリアの俊才ピアニスト、ジャンルカ・カシオーリとのリサイタル・ツアーを行う。彼とは、2010、12年に続く3回目の日本公演。09年に開始したベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲録音を昨年7月に終えるなど、関係をいっそう深めて臨む、期待度満点のツアーだ。 カシオーリとの共演も早6年。その積み重ねは大きい。「より二人で呼吸できるようになり、演奏が溶け合ってきています。この間にも各々、音楽の捉え方に対する発見や理解のプロセスにおける変化がありますから、それを話し合うなど、新たな段階に入ったといえますね」 以前話を聞いた際、「2人で『一音たりともエスプレッシーヴォ(豊かな表情)のない音を出してはいけない』と話した」との言葉が印象的だったが、この点も深化している。「それは他のケースでも常にそうですが、カシオーリとの共演の場合は特に自由度が高く、それぞれがイマジネーションを大きく膨らませてもロジカルに捉えられます。またエスプレッシーヴォにも、音色での表現や時間的な表現がありますが、そこをお互い敏感に捉えることができます」 今回の演目は、モーツァルトのソナタ第35番、ベートーヴェンのソナタ第6番、ストラヴィンスキーの「イタリア組曲」、ラヴェルのソナタの4曲。「いつも通り、私の好きな曲、カシオーリと演奏したい曲を選びました。モーツァルトの曲はとてもオペラティックなので、ぜひ彼と演奏したいですし、ベートーヴェンの6番は、素晴らしい曲なのにあまり弾かれないので、絶対に入れたいなと。それに前回入れられなかったストラヴィンスキーとラヴェルを加えた、前後半のコントラストが新鮮なプログラムだと思います」 前半のモーツァルトは「新たに勉強した曲」だ。「親しみやすく、かつドラマティックな作品。ト短調の第1楽章主部など、予期せぬ感情が随所に出てきます。その意味ではベートーヴェンの6番も少し似ていて、パストラル的な曲の中にユーモアが混じり、終楽章のリズムはこだわりを感じさせます」 後半のストラヴィンスキーも初挑戦。「カシオーリとの演奏が凄く楽しみ。音の質、リズム感、キャラクターが多様で、バレエ『プルチネッラ』に基づくシアター的な要素、ドタバタ喜劇のような面がモーツァルトとも響き合います。ラヴェルも最近のレパートリー。4年位前に伝記を読んで、ノーブルで嘘がなく温かい人柄に興味をもったのをきっかけに勉強しました。田舎にあるラヴェルの家にも行きましたが、第1楽章には鶏の鳴き声などそうした田舎の風景と重なる部分があります。それに第2楽章のブルースやジャズ的な部分にも品格が残されています」 シューマンはじめ「陰の部分が強かった」前回に対して、今回は「明るい光が当たった田園的なプログラム」だと語る。それは、4曲中3曲がト長調を基調にしている点にも表れている。「そう、後で気付きました。全くの偶然です(笑)。でも選曲時の心理が反映されているのかもしれません」 この来日に合わせて、ベートーヴェンのソナタ全集の完結編「第5番『春』、第6番、第10番」のCDもリリースされる。「早い時期に佳きパートナーを得て一気に録音できたのは、凄くラッキーでした。最後は、有名な『春』に、あまり聴かれていない6番と10番を組み合わせましたが、特に10番は思い入れの強い曲。“崇高”や“天国に近い”と言うと語弊があるのですが、そうした精神的な違いを感じます」 また、昨年4月に91歳のメナヘム・プレスラーと行った日本ツアーのライヴCD(シューベルト、ブラームス等)もリリース予定だ。「プレスラーさんとの共演は、とても勉強になりました。少し遠い地点から音楽の全体像を見ながら、核心に近づくといった感じ。『自分のパートが全ての中の“部分”である』という室内楽としての表現が自然にできる方ですので、自ずと寄り添っていく感覚が生まれます」 今後は「カシオーリとシューベルトやモーツァルトを演奏(録音)したい」と話す彼女。まずは春のツアーと新譜に注目したい。

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