eぶらあぼ 2015.3月号
29/211

26宮本亜門Amon Miyamoto 演出《魔笛》には何よりもモーツァルトの人類への愛情を感じます取材・文:東端哲也 写真:青柳 聡 ミュージカルを始め、オペラ、演劇、歌舞伎と国内外で幅広いジャンルの作品を手掛け、日本を代表する舞台演出家のひとりである宮本亜門。東京二期会ともこれまで4作品でコラボを重ね、いずれも高い評価を集めてきた。 「ダ・ポンテ三部作」に続いてモーツァルトでは4作目となる今年7月の《魔笛》公演が早くも大きな話題を呼んでいる。オーストリア・リンツ州立劇場との共同制作である本公演は、すでに2013年9月に同国で先行上演され、大成功を収めた。今回は彼にとって欧州初演出オペラとなったその舞台の、いわば凱旋公演といえる。「リンツの音楽監督でもあるデニス・ラッセル・デイヴィスさんに、震災直後の11年に《フィガロの結婚》を指揮していただいた時、ぜひまた一緒にやろうと誘われたのです。お声をかけていただき嬉しかったのですが、正直悩みました。モーツァルトに縁の深い街にある劇場の、しかもシーズンオープニング公演を、日本人の自分がどう演出すればよいのか? しかもフリーメイソンの謎に満ちた《魔笛》を、何百回も上演し、歌も台詞も覚えている人がたくさんいるモーツァルトの国でやれるのか! と。でもデニスに『音楽の流れの中から深い人間ドラマを見出せる君にしかできない、何か新しいアプローチがあるはずだ。だから、思いきり大胆にやってくれ』って口説かれて。実ははじめ、それがプレッシャーにもなったのですが(笑)。それから自分なりに色々考え、モーツァルトがあえて王侯貴族ではなく大衆向けにジングシュピール(歌芝居)として書いた原点の精神に立ち戻ろうと、楽しさに溢れる人の成長の過程を基に考えました」 リストラされた父親の居る家族劇のような設定から始まって、主人公であるタミーノの冒険譚に繋げていく斬新な解釈、シンプルなステージとその背景に映し出される映像とが登場人物と絡み合ってマジカルな展開を見せる舞台に、現地の観客は大いに魅せられ、新聞各紙の批評にも絶賛する記事が並んだという。「《魔笛》という作品は、音楽は非常に美しいけれど、台本は支離滅裂なところがあり、登場人物それぞれの行動にも矛盾が見られます。でも、そこに貫かれているものは何よりモーツァルトの人に対する愛。『人間なんだから善も悪もあって右往左往していい』と言いたげな、人をとても愛おしく思う気持ちが溢れているんです。だから最初は弱々しい王子が苦難を乗り越えていく姿や、パパゲーノのように途中で脱落して、歌いながら酒とパートナーをみつける生き方も有り。それに夜の女王やパミーナが母親や娘として、心が不安定に大きく揺れ動くのも理解できる。そういう誰でも経験したことのある人間らしい感情を歌と一緒に紡いでいく演出にしました。また、これは持論ですが、モーツァルトはフリーメイソンの信奉者ではあったけれども、その教義を超えた彼なりの「自由」「博愛」を追究したのだと思います。だから女人禁制の戒律がいつの間にか破られ、タミーノとパミーナは二人で手に手を取って火と水の試練に立ち向かう。僕はあの場面を、火はあえて原発の爆発に、水は津波を連想させるようなものにしました。震災のような過酷な状況下においても、人はこうやってしっかりと生きていけるんだという想いを込めて」 日本公演ではそれぞれダブルキャストからなる豪華な布陣も楽しみなところ。「夜の女王役の森谷真理さんはリンツ在住で、メトロポリタン・オペラへのデビューを始め同役で欧米の様々な名門歌劇場を席巻している逸材。リンツでもプレミエを務めた夜の女王役が日本でも登場ということで大注目です。それからパパゲーノを黒田博さんが歌ってくれることや、物語の鍵となる弁者の役を東京二期会の重鎮である加賀清孝さんが引き受けてくれたことも嬉しく、素敵な歌手たちとの稽古が楽しみです。演出そのものはリンツの公演と大きく変わってはいませんが、時間をいただいたことでじっくりとブラッシュアップができ、ベストの状態で皆さんに観ていただけると思います。どうかご期待下さい!」

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です