eぶらあぼ 2015.1月号
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37かせていただいて、感動しました」大原「これまでのSP盤の多くがCD化されたときには歴史的背景などは無視されたばかりか、技術が発達してフィルターで一律に雑音が取れるようになった。しかし、そうすると針音だけではなく音楽の核心部分までいっしょに取れて、スカスカの音になってしまったわけです。ロンドンでインタビューしたとき、内田光子さんがおっしゃっていました。音楽に集中すれば針音は10秒で聞こえなくなる。この全集は人類の文化遺産です。知らないなんてもったいない。演奏者は勉強になる、そして若い人にぜひ聴いていただきたいと」田辺「まさにそうですね。それに、モーツァルトの曲の録音はSP時代にはあまり行われていなかったんですね。20世紀前半まではモーツァルトが重視されていなかったことが、そこからもわかります。モーツァルトが主流でなかったそういう時代に、モーツァルトがいかにすばらしいかを人に知らせたいと思って演奏しているのが伝わってくる。“伝えたい”という強い気持ちがあったんだと思います。そういう時代性もみえてくるところも、今回の『モーツァルト・伝説の録音』の魅力でもありますね」激動の時代が生んだ名演奏大原「例えば、世界初のモーツァルトの協奏曲の録音を1906年に行ったブーシュリですが、ナチスがパリに侵攻してきたときには郊外の別荘に逃れて、そこにヌヴー、オークレール、ボベスコなどをかくまっていました。他にワルターも、“この時代にワルターはアメリカに亡命した”と簡単に一行で説明されてしまうけれど、調べてみるとナチスの突撃隊に命を狙われ、当局から命の保証はないと言われて、危険な目に遭いながらも演奏活動を続けたという経緯があります。クライスラーは、第一次大戦の塹壕戦を経験し、近くに敵がいて頭を出せば撃たれる、戦友が隣で死んでいくという過酷な状況の中にいました。そんな体験をしているからこそ、『戦争が終わったら、音楽で世界平和のために尽くしたい』と語っています。彼の演奏は甘美だとか批判されることもあるけれど、その美しさの背景にはそうした体験がありました。このように、すべての演奏家に戦争の深い影があり、その記憶が良くも悪くも演奏に影響しています。戦争が名演奏を生んだというと語弊はあるけれども、音楽家の生き方、演奏は、その時代背景とは切り離せません。そういう時代がちょうどLPが出始める1952年までのSPの時代と重なっているわけです」田辺「第一次大戦から第二次大戦という激動の時代では、音楽家の活動も時代の中でどう生きるかを問われざるを得ませんでした。その時代、音楽をすることへの切実な欲求というものが、戦後の時代とは全然違うことが録音からも伝わります。みな命がけで音楽をやっていました。録音をするときにもそうです。後で編集すればいいというのとは違って、そのときに全身全霊を傾けて演奏するからでしょう。汗も体臭も感じられるような演奏が聴けます」構成・文: 編集部 写真: 寺司正彦Information『モーツァルト・伝説の録音』全3巻 (CD36枚+書籍3巻) 新 忠篤 大原哲夫 編第1巻 『名ヴァイオリニストと弦楽四重奏団』各巻:¥25,000(税込) 全3巻 ¥75,000(税込)※全3巻予約特価¥70,000(税込)(2015年3月末日まで)第2巻『名ピアニストたち』(2015年5月刊行予定)第3巻『名指揮者と器楽奏者・歌手』(2015年11月刊行予定)問 飛鳥新社『モーツァルト・伝説の録音』係03-3263-7770http://www.asukashinsha.jp/mozart田辺秀樹 Hideki Tanabe ドイツ文学者
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