eぶらあぼ 2015.1月号
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30沼尻竜典Ryusuke Numajiri 指揮いま《オテロ》を振るのは良いタイミングだと思っています取材・文:柴辻純子 写真:青柳 聡 びわ湖ホール、神奈川県民ホール、iichiko総合文化センター、東京二期会、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、京都市交響楽団の6団体の共同制作により、ヴェルディの《オテロ》が来年3月に上演される。指揮はびわ湖ホールの芸術監督であり、2013年8月からドイツ・リューベック歌劇場音楽総監督を務める沼尻竜典。現在、オペラとコンサートの両輪で多忙を極める沼尻だが、「最近ヴェルディがマイブーム」と語る。マエストロとこのヴェルディ晩年の傑作オペラとの出会いは1980年代後半のベルリン留学時代にさかのぼる。「留学して最初のコレペティの授業で弾いたのが《オテロ》なんです。当時はとにかく難しい作品だと思っていました。出だしから弾くのが大変だし、細かい心理描写もまだよくわからなくて。ただそのときの先生が、オペラハウスで長く働いてから学校に移ってきた人だったので、現場での経験をいろいろ話してくれたのが印象に残っています。話しているうちに昔を思い出して泣いちゃう(笑)」 近年は、オペラ指揮者としての活躍も目覚ましいが、《オテロ》を指揮するのは、今回が初めて。「ヴェルディは今まで《椿姫》、《リゴレット》、《アイーダ》と振ってきましたが、ある程度音楽表現のポイントを掴み、どういうところが難しいかわかってきた今、《オテロ》を振ることは、私にとっては良いタイミングだと思っています。《オテロ》は晩年の作品ですから、オーケストレーションも凝ってきて、楽器の数も多い。特殊な楽器の使用などさまざまな音色を駆使し、心理描写もさらに深くなります。オペラを指揮するようになって、作曲家が譜面に込めた音色への興味が強くなってきました。たとえば、悔しさを表す音色とか、腹黒い音色とか、そういったものを感じるようになりました。頂点へと向かうところだけではなく、収束するところ、例えば激しい場面の後に音楽がすっと引いて光が射すようなところなども、うまく表現したいと思っています」 演出は、共同制作シリーズの《トゥーランドット》(09年)と《アイーダ》(11年/神奈川公演は東日本大震災のため中止)に続き、粟國淳が担当する。「粟國さんにお願いしたのは、『声がちゃんと飛ぶように』ということです。歌手が立つ方向も大事だし、オーケストラと歌手が細かく絡む場面では、ヴェルディが望んだ音楽的効果を出すためには舞台奥ではなく前の方で歌ってほしい。それから舞台はがら空きではなく、良い声が反射するようにお願いしています。それだけであとはお任せ。演出家の自由を尊重したいと思っています。粟國さんは、視覚効果だけを狙った動きを強いないし、歌手の自主性を自然に引き出すタイプ。音楽と芝居のバランスもいいですし、イタリア育ちだから舞台の美しさにも定評があります。私ともよいコンビです」 そしてオテロ役の福井敬をはじめ、いま望みうる最高の歌手がキャスティングされた。「デズデモナ役の安藤赴美子さんは、神奈川・びわ湖《タンホイザー》のエリーザベトも、《椿姫》のヴィオレッタも大評判でした。砂川涼子さんとは、同じくびわ湖での《死の都》でご一緒して、びっくりするほど素晴らしかった。イアーゴ役にはその役をやる適齢があると思うので、黒田博さんと堀内康雄さんは、その意味でもぴったりのお二人です。脇役を充実させると舞台に厚みが出ますが、今回も所属団体では主役級を歌う人が脇役に入っています。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーが入って、新人とベテランをバランスよく組み合わせたキャスティングになっています。合唱は二期会とびわ湖声楽アンサンブルの合同。《オテロ》は冒頭から合唱が入ってきますし、合唱指揮者は責任重大です」 指揮者としてのみならず、芸術監督として様々な視点からオペラに向かうマエストロ。共同制作だから可能となる大作の上演が楽しみである。
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