eぶらあぼ 2015.1月号
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29シェイクスピア時代の舞台の在り方を意識しました取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:武藤 章Information 悲劇が得意なヴェルディが人生の締め括りに書いたのは、世間の予想を覆す喜劇のオペラ《ファルスタッフ》(1893)。30歳も若いボーイトに台本を書かせ、自分の気の向くままに筆を走らせたこの名作を、若々しさを舞台に盛り込む演出家の第一人者、粟國淳の“心の眼”はどのように見つめているのだろう?「演出とは楽譜からスタートさせるものです。作曲家がまずは何をやりたかったのかという観点をきちっと表現しなければなりません。それは、僕自身が『作曲家の心と音楽そのものとの間で、意志の疎通を図る』ことでもあるのです。ただ、ヴェルディに関しては、現代の我々の側に、ある意味でリスペクトが在り過ぎるかもしれません。彼は手紙もたくさん書いているので、演出アイディアを練る前にはそれらも参照しますが、情報量としても膨大ですし、そちらに捉われ過ぎると、『ヴェルディはこう言いたかったんだ!』などと、こちらの考えが硬直しかねないのです」 確かに、新しいものを作り上げるのなら、日常的な固定観念は脇に置く必要がある。《ファルスタッフ》の音やドラマも、それまでのヴェルディとは違う組み立て方であるような。「何しろヴェルディが半世紀ぶりに手がけた喜劇ですからね。次にどんなフレーズがくるのか誰にも予想がつかない。演出の巨匠たちのステージを幾つも観ましたが、この作品では彼らもヴェルディに相当困らされているようです(笑)。キャラクターではやはりファルスタッフの存在感が圧倒的でしょう。彼は最後に『僕が居るから、みんながここまで一所懸命になるんだよ』といった意味の言を吐きますが、この老騎士はいわば、モーツァルトのドン・ジョヴァンニのように、劇中で“ぶれのない”存在なんです。だから、周囲の人々はみな、彼に刺激されて新しい面をどんどん見せてゆきますね」 なるほど。触媒の如く、自分は変化しないのに周りを変えてしまうのがファルスタッフ!「例えば、メグとアリーチェは女性同士のライバル意識を密かに募らせますし、アリーチェの夫のフォードも、何をそんなに怯えるかと思うほどにあたふたします。結局は、富裕者のフォードといえども自信がないのでしょう。ファルスタッフはなんだかんだ言っても貴族だから自信もあるし権威も有します。でも、市民層のフォードはそこにコンプレックスを感じて狼狽し、妻と巨漢の老騎士の関係を疑って騒動を巻き起こす。普通に考えたなら、二人が結ばれるなど在り得ないじゃないですか!(笑)」 さて、2015年1月の藤原歌劇団公演で粟國と組むのは指揮者アルベルト・ゼッダ。オペラ界の老匠とのタッグマッチはいかなることに?「ゼッダさんとは初めてご一緒します。圧倒的に経験ある大先輩ですし、僕とではヴェルディとボーイト並みに年齢差はありますが、はるばる日本まで来て下さることに感激しています。その一方で、僕にもイタリアで長い間学んだ経験がありますし、自分の発想でゼッダさんを『振り向かせたい』とも思っています。マエストロから教えていただくことが多いのは勿論ですが、こちらも胸張って頑張りたい。 今回はダブルキャストでの公演で、主役の牧野正人さん、折江忠道さんといった大御所バリトンのお二人から、僕より下の世代の若手まで大勢の歌い手が舞台に上がり、それぞれのキャラクターを大いに発揮しますが、演出コンセプトとしては、原作者シェイクスピアの時代の劇場の在り方を意識したステージにしたいと思っています。 なお、今回は、劇中でも舞台裏でも幅広い世代が協力することになりますが、ある人間が持つ『若さ』とは、実年齢に関係なく、自分の仕事に賭けることの出来る信念や情熱の量を表すものかもしれません。例えば、キャリアを積んだ人だからこそ出来るフレッシュな表現というものもあるでしょう。喜劇のアンサンブルですからボケと突っ込みのライヴ感(笑)も大事ですね!ご来場頂いた皆様が『違う顔ぶれで明日も観てみたい』と思って下さったなら嬉しいです」藤原歌劇団 創立80周年記年公演ヴェルディ:歌劇《ファルスタッフ》指揮:アルベルト・ゼッダ演出:粟國 淳配役 1/24 1/25ファルスタッフ 牧野正人 折江忠道フォード 堀内康雄 森口賢二フェントン 小山陽二郎 中井亮一アリーチェ 大貫裕子 佐藤亜希子ナンネッタ 光岡暁恵 清水理恵メグ・ページ 向野由美子 日向由子クイックリー夫人 森山京子 牧野真由美カイウス 川久保博史 所谷直生バルドルフォ 岡坂弘毅 曽我雄一ピストーラ 伊藤貴之 小田桐貴樹合唱:藤原歌劇団合唱部管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団2015.1/24(土)、1/25(日)各日15:00 東京文化会館問 日本オペラ振興会044-959-5067http://www.jof.or.jp
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