eぶらあぼ 2015.1月号
29/209

26今井信子Nobuko Imai ヴィオラ/ミケランジェロ弦楽四重奏団ベートーヴェンの四重奏曲は、弦楽器奏者のゴールです取材・文:柴田克彦 写真:中村風詩人 40年以上にわたって世界的な活躍を続けるヴィオラ奏者・今井信子が、2015年、16年にかけて、王子ホールにて全6回(年3公演)のベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会を行う。演奏するのは、彼女が中心となって2003年に結成されたミケランジェロ弦楽四重奏団。それぞれソリスト、室内楽奏者、教育者として第一線に立つ国際的な顔ぶれが「クァルテットを弾きたい」との思いで集った、意欲的なアンサンブルだ。「結成の2年ほど前、メンバーの内3人がカザルスホール・アンサンブルとして約2週間演奏しました。それがものすごく愉しくて、『これで終わるのは有り得ない』との思いを抱いたのです。そこで私が『もう一人入れてクァルテットを作ろう』と持ちかけたことから始まりました。現在の拠点はドイツですが、各々独立した奏者が演奏会ごとに集まる形。私がリーダーではなく、皆で話し合いながら音楽を作り、曲に応じてリード役が変化します。毎日合わせて隅々まで作り上げる通常の団体とは異なる、ぶつかり合いが妙味のクァルテットだといえますね」 ベートーヴェンの弦楽四重奏曲も、すでにイギリスで全曲演奏を行っているが、「日本ではオール・ベートーヴェン・プログラム自体が初めて」だ。「ベートーヴェンの四重奏曲を弾くことが、私たちの最初からの願い。弦楽器奏者の最後の大仕事であり、これを弾かずして一生を終われない、音楽家として突き詰めるべきゴールです。またお客様も、全曲を通して聴くことで、彼の成長過程と同時に、どの曲も素晴らしいことがわかると思います」 初期、中期、後期作品それぞれに魅力がある。「初期のop.18(第1~6番)は玉手箱。キラキラしたものがあります。6曲が違うキャラクターを持っていますので、演奏には神経を使いますし、こまかなニュアンスがとても大事になります。中期の作は、どんどん円熟味を増し、ストラクチャーが大きくなってきます。『ラズモフスキー』3曲は直截的で明るい音楽ですが、1番の緩徐楽章や2番には後期の予兆が表れます。後期になれば、息の長いフレーズが最初から最後まで続きます。ですから演奏者にも、45分の長いフレーズを1つで弾くような精神的強さが必要です。それに後期といえど各曲全く違います。耳が聞こえずに書いたとは信じられませんし、ここには彼の真意が表れていると思います。特に『大フーガ』はあの時代には画期的な、天才しか書けない音楽。とにかくベートーヴェンは、精神的にも肉体的にも要求されるものが大きいですね」 後期の作品は、若い人にとっては難解ともいわれるが、それは違うという。「深淵であっても難解ではない。18歳位の人が後期を弾こうとすると、『その若さではわからない』といわれますが、50歳になって弾けばわかるものでもない。早くから弾けば身に付いていくものもありますし、年相応の理解が絶対にある。これは聴く側も同じです。ただ難解ととられるのは演奏者にも責任があって、キャラクターを完全に理解して表現すれば、絶対に伝わります」 ベートーヴェンの場合、ヴィオラ奏者としての妙味も他の作曲家とは異なる。「ドヴォルザークやモーツァルトなど自身でヴィオラを弾く作曲家の作品は、ソロ的な活躍の場が沢山ありますが、ベートーヴェンは全然違います。全体の掛け合いの中で色々なことをやり、下から支えながら内声を引き締める。いわばいつもどこかで関与しています。ヴィオラは、次の場面を示唆する内声の小さな変化など、状況に応じて求められる要素に、いつもアンテナを張っていないといけません。ベートーヴェンはその度合いが特に高い音楽です」 今回は、1公演に初期、中期、後期を1曲ずつ入れた上で、長調と短調が偏らないように組まれている。これは「イギリスでの公演と同じで、気に入っているプログラミング」とのこと。第13番を2度、1年目は変更した終楽章、2年目は「大フーガ」を終楽章に置いて演奏する点も興味深い。 315席の王子ホールも「大きくない場所で全曲演奏できるのがいい」し、聴き手にとっても贅沢だ。円熟の名奏者が満を持して挑む本シリーズへの期待は、限りなく大きい。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です