eぶらあぼ 2014.11月号
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22 アラベラ・美歩・シュタインバッハーは、現在世界の第一線で活躍中のヴァイオリニストだ。その歩みは、すこぶる順調に思える。「父はコレペティトゥール、母は歌手でしたので、歌に囲まれて育ちました。ヴァイオリンは3歳から習い始め、少しずつ自然に先へ進んできました。それは9歳から師事したチュマチェンコ先生のおかげです。先生はいつも、若い時期からコンサートをし過ぎないようにとおっしゃっていました。そこで勉強に時間を費やし、本格的なキャリアをスタートさせた18歳のときには、一定のレパートリーをもっていました。また先生に勧められてお会いしたギトリスさんからも、多くのインスピレーションを得ています」 ミュンヘンに暮らす彼女だが、母の国である日本は当然ゆかりが深く、「子供のとき夏休みに東京・金町の祖父母の家を訪れていたのが心に残っていますし、鎌倉や親戚のいる大分の臼杵も好きです」とのこと。そして今秋の来日では、リサイタルと2つの協奏曲を披露する。リサイタルではまずトッパンホール初登場が要注目。「私の人生に影響を及ぼした作品でプログラムを組みました。最初のモーツァルト(ソナタK301)は、私が幼いときから聴き続け、その作品を演奏することにより私を成長させてくれた作曲家です。ベートーヴェンの最後のソナタ第10番は大好きな曲。初期のソナタに比べて内面的で、年輪を重ねた深みを感じます。プロコフィエフの無伴奏ソナタは、20世紀の作品も入れたくて選びました。私はプロコフィエフも大好きで、この曲は彼の『ロメオとジュリエット』の影響を強く受けた音楽だと思います。そしてR.シュトラウスは“歌の家庭”に育った私にとって、オペラで身近な作曲家。今回弾くソナタは若い頃の作ですが、とてもロマンティックで、やはりオペラに通じる要素をもっています。特に第2楽章はアリアのように美しい」 他のリサイタルでは、ベートーヴェンに代わってフランクのソナタが演奏される。「この曲は、人生そのものを表わしていると解釈しています。第1楽章は自分の方向性を模索しており、夢見心地で若干不安な面持ち。第2楽章は若々しいエネルギーに溢れ、自己発見への思いや葛藤などの感情に溢れています。第3楽章は私が1番好きな楽章。恋しい気持ちや孤独や悲しみを感じ、第4楽章は人生をポジティブに振り返っているように思えます」 ちなみに、R.シュトラウスとフランクは、先頃リリースされた最新CDの収録曲。彼女はそこで、情感と気品に充ちた演奏を展開している。 協奏曲は、飯森範親指揮の日本センチュリー響とのメンデルスゾーンから。「通常思われているロマンティックな面もありますが、私は、エレガントでデリケートな、モーツァルトやベートーヴェンに近い音楽だと捉えています。それに何度演奏しても新しい発見をしたいと思わせる、チャレンジングな作品です」 もうひとつは、デュトワ指揮N響とのベルクの協奏曲。「デュトワさんとは何度もご一緒していますが、共演はいつも特別。とても魅力的な方ですし、私の演奏を注意深く聴きながら指揮してくださるので、自由に弾くことができます」 ベルクの協奏曲にも格別な思いがある。「作曲の経緯がまず特別で、早世した女性のためのレクイエムとして作曲しながら、ベルクも直後に亡くなり、自身のレクイエムにもなりました。曲は冒頭からミステリアスで、まるで別の世界から来たかのよう…。初めて聴いたときには鳥肌が立ちました。さらにこの曲を録音したのが、父が亡くなるなど辛い時期だったことも、思い入れに繋がっています」 加えて内容をこう語る。「第1楽章はまさに『天使』のように愛らしい女性の性格を表わしていると思います。第2楽章は、彼女が苦しんだ病気と、その死によるベルクの耐え難い痛みを感じます。音楽的なクライマックスが亡くなる場面。そのあとバッハのコラールが現れ、違う次元への橋渡し部分となります。そこが一番の聴きどころ。そして静かなソロが高い音に至り、魂が天に昇っていく…」 実際会って話を聞くと写真の印象以上にナチュラルでチャーミングな彼女。今年の一連の公演にぜひ接したいとの思いひとしおだ。アラベラ・美歩・シュタインバッハー Arabella Miho Steinbacher/ヴァイオリン今度の日本公演で弾くのは、思い入れの強い作品ばかりです取材・文:柴田克彦 写真:中村風詩人
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