eぶらあぼ 2014.10月号
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38 創立80周年を記念して、藤原歌劇団がこの秋にプッチーニの名作《ラ・ボエーム》を取り上げる。同団の旗揚げ演目でもあった作品であり、パリ下町の青春群像劇として人気の一作だが、今回は2007年にテレビ放映された評判の舞台が復活。前回に続いてソプラノの砂川涼子がヒロイン役を演じる。「演出家の岩田達宗さんとは、私の舞台デビュー(2000年:新国立劇場小劇場《オルフェオとエウリディーチェ》)でご一緒させていただきました。その後しばらくお会いしていませんでしたが、前回の《ボエーム》の時、昔と変わらず熱い想いを抱えられた方だなと懐かしくなりましたし、稽古場で私が自分なりに行った演技にも、寄り添うように反応して下さるので自然に動けました。だからこの11月の再演にもとても期待しています。今回は新たに沼尻竜典さんが指揮台に立たれます。沼尻さんとは一昨年のびわ湖の《椿姫》で初めてオペラをご一緒し、今年3月には《死の都》で共演し、来年は《オテロ》を歌わせていただきます。マエストロが歌手の“声の将来”を見据えて役を下さることには本当に感謝しています。今度の《ボエーム》でも、沼尻さんのもとでまた何か新しい発見があるかしらと楽しみなんですよ」 武蔵野音大の大学院を修了し、ミラノを中心にイタリアで4年の研鑽を積んだ砂川。《ボエーム》の世界に通じるような“苦闘の青春時代”はあったのか?「ずっと学生寮に居て、集団でわいわいと過ごしていました。勉強熱心な友人達から多くの刺激を受け、毎日必死に歌を練習しました。もともと音楽の教師になりたかったので、オペラの華やかさに憧れるというよりは、古典歌曲からじっくり学び、ハードな授業をこなしながら、ひたすら歌が上手くなりたいと望む日々でした…その折々で応援して下さる方々がおられ、オーディションや留学の機にも恵まれてオペラにも出られるようになりましたが、そうした幸運も含めて、毎日が次のステップにきちんと繋がればという思いでこれまで動いてきたようなものですね。舞台は決して甘い世界ではなく、私も慎重なところがありますので、体力で歌い通すよりは練習と研究を細かく積み重ね、繊細な表現がきちんと出来るよう励んで来ました。良い歌をお客様に届けるべく頑張りたい、自分のためではなく、舞台に関わるすべての方のために“かたちにする”という気持ちで今も取り組んでいます」《ボエーム》のお針子ミミは、砂川のリリカルで凛とした声質に最も合う役の一つ。「音域も一番しっくりきますが、ミラノで師事したロベルト・ケッテルソン先生からは『プッチーニを歌う際には声を大切に。ベルカントのように喉の技に縛られる境地ではないからね。オーケストラも厚いしメロディの動きも少ないから大変だけれど、まずは自分の声を信じて歌うんだよ』と言われました。当時はそのアドバイスがピンとこなかったのですが(笑)、最近ようやく判ってきた気もします。例えば、第3幕には感情を露わにする激しい場面がありますね。そこでつい頑張り過ぎて、柔らかく歌えるパッセージを喉で押してしまわないように、持ち声のまま自然に歌えるようにと心掛けています」 今回も相手役はテノールの村上敏明。これまで共演する機会も多く、呼吸はぴたりと合う?「彼は歌手としても人間的にも尊敬できる人で、学ぶことも多いです。さりげなくアドバイスをくれますし、今回の公演についてもよく話します。お互い歳を重ね、前々回の公演とはまた違った表現ができるのではないか、そんな熱い思いが溢れてきます。ミミは一所懸命な女性。彼女からは儚げな個性よりも心の強さを感じるのです。岩田さん曰く、ミミは自分で人生を切り拓いた女性、自分の意志でロドルフォの元に戻って幸せに死んだとのことですが、それにも同感です。私も舞台で、100パーセントの心で、愛する人を思いながらミミを演じます。藤原歌劇団の《ラ・ボエーム》を皆様どうぞお楽しみに」砂川涼子Ryoko Sunakawa/ソプラノミミには儚げな個性よりも心の強さを感じます取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:藤本史昭

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