eぶらあぼ 2014.7月号
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22 ヴァシリー・ペトレンコは、いま音楽界を席巻している30代の俊英指揮者の一人。今年3月、2013年からの手兵オスロ・フィルを率いて来日し、来年1月には、2006年(30歳)から首席指揮者を務める名門ロイヤル・リヴァプール・フィルと共に来日公演を行う。 彼のキャリアは意外に長い。「6歳からロシア正教の合唱団の指揮者を養成する学校で学びましたが、ソ連の崩壊で合唱団も激減。通常の指揮者に方向転換し、18歳のとき、地元の劇場に籍を得て、沢山のオペラを指揮しました。以来、今日に至っていますから、人生のほとんどを指揮者として過ごしてきたと言えます」 ロイヤル・リヴァプール・フィルは、ロンドン響より64年も前の1840年に創設された英国最古のオーケストラだ。 「最初は、公演の3ヵ月前に指揮者がおらず、予算もないという理由で起用されましたが(笑)、ウマが合って就任に至りました。昔サッカーのコンピュータゲームをするとき、私はなぜかリヴァプールのチームを選んでいましたから、縁があったのかもしれませんね(笑)」 当コンビは、ショスタコーヴィチの交響曲シリーズ(NAXOS)が絶賛され、いま世界で熱い注目を集めている。「私は、音のニュアンスや細部にこだわってきました。例えばモーツァルト、チャイコフスキー、マーラーで全部違う音を出すことです。ただ8シーズンほど過ごして、テクニックよりも、作曲家の考えや歴史的な背景などを楽団員と多く話すようになりました」 オーケストラの雰囲気も上々だという。「いい意味でファミリー。互いに支え合いながら、音楽に喜びをもって臨んでいます。普段も、ゴルフやビールを共にするなど、みな仲がいいですよ。日々向上したいとの思いも明確にありますし、これはオーケストラのあるべき姿だと思います」 今回のツアーは、意外にも同楽団創立175年にして初の来日公演。ショスタコーヴィチとストラヴィンスキーを軸に、彼のお国ものであるロシア音楽で固めたプログラムも意欲に溢れている。「私たちのショスタコーヴィチは、録音で有名ですから大きな呼び物になると思います。そして20世紀の革命的作曲家ストラヴィンスキーと、同時期でありながら全く異なるラフマニノフの音楽など、まさに傑作揃いのプログラムです」 特にショスタコーヴィチの交響曲中の最高傑作と名高い第10番は、『グラモフォン』誌の年間最優秀管弦楽録音を受賞した当コンビの十八番。「これは彼の人生にとって記念碑的な作品。スターリンが亡くなった重要な時期に、凄い勢いで書かれましたが、彼は曲を通じて『悪魔は死んだ。しかしまだそこに居座っている』と言っているように思えます。また諧謔性もあり、『ミ-ラ-ミ-レ-ラ』というテーマは、彼の女神だった女性エルミラを表わすなど、ロマンスも含まれています」 もう一つのメインは「春の祭典」。「20世紀音楽に最大の影響を与えた曲。実はシンプルな素材から作られていながら、それが上手く絡まって複雑に聴こえる点と、音楽が持つとめどないエネルギーが素晴らしい」 本ツアーには、人気ピアニスト・辻井伸行も参加。ラフマニノフとプロコフィエフの協奏曲第3番を共演する。前者は第2番でクライバーン・コンクール優勝を勝ち取った作曲家であり、後者は2012年ロンドン・デビューとなったアシュケナージ(指揮)フィルハーモニア管の定期で、スタンディング・オベーションを受けた作品。何れも日本初演奏だ。「共演がとても楽しみです。彼は特別な音の世界を持っていると思います。ですからロシア人としてアドバイスするのではなく、互いに感じ合うだけ。きっと素晴らしい演奏になるでしょう」 今年11月には辻井とともにリヴァプールで両曲を共演し、万全の態勢で臨む。 ペトレンコは、レニングラード国立歌劇場のツアーやN響客演などで数回来日しており、「日本は居心地がいい」と話す。オスロ・フィルでのキビキビした演奏からも、より付き合いの長い手兵と日本で奏でる音楽に、大きな期待が集まる。ヴァシリー・ペトレンコVasily Petrenko/指揮初来日の名門オーケストラを率いて真価を発揮!取材・文:柴田克彦 写真:中村風詩人

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