eぶらあぼ 2014.6月号
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27古楽・モダンの違いを越えてその先の表現をめざす 東京芸術劇場で定期的に活動を続けるクラシカル・プレイヤーズ東京。有田正広の指揮のもと、作曲当時の楽器と奏法で“初演の新鮮さ”を目指す。6月の演奏会の前半は、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」序曲のあとに仲道郁代との共演第4弾となるモーツァルトのピアノ協奏曲第23番を披露。後半はシューベルトの「未完成交響曲」という構成だ。今回から新日本フィルなどで活躍する豊嶋泰嗣がソロ・コンサートマスターに就任。ピリオド奏法の楽団にモダン演奏の大物がやってくる。果たしてどんな音楽が生まれるのか。有田と豊嶋が久しぶりに顔を合わせた。有田(以下、A)「豊嶋君のことは、彼が学生のころから知っています。最初はサイトウ・キネン・オーケストラでご一緒しました。僕はバッハの『管弦楽組曲第2番』のフルート独奏、豊嶋君はコンサートマスター。指揮はリコーダー奏者のハウヴェでした。あるとき豊嶋君が、あの指揮はどうなってるの?と聞きにきて。僕は、そのうちに分かるよ、と返しました。そのあと2、3回目のリハーサルかな、すごくよくなった。豊嶋君のリードのおかげですよ。今回お呼びしたのはそういう経験があったからです」豊嶋(以下、T)「鈴木秀美さんや寺神戸亮さんなど、のちに古楽の専門家になっていく人たちがその道に入りかけたころ、僕は彼らと一緒に室内楽をしょっちゅう演奏していました。彼らは古楽の道に進んでいって、僕は進まなかったけれど、音楽の原点は同じ。だから違う道に行ってもそのうち一緒になるだろうなと思っていました。そういう意味で僕にとって有田さんとの共演は自然な流れ。時間はかかってますけど」 若い音楽家が多く集うクラシカル・プレイヤーズ東京。有田はロマン派への取り組みを期に、さらに深く音楽を掘り下げることができる楽団を目指したいと話す。A「メンバーの中心は20代から30代。演奏家としては優秀な人ばかりだけれど、必ずしも全員がベテランのように経験が豊富とは言えない。豊嶋君に期待しているのは、強いリーダーシップです。とくに今回はシューベルトということで、編成も普段より大きめ。いっそう力強い統率力が必要です。本当の“コンサートマスターの仕事”を若い人たちに見せてほしい。オーケストラがよい音楽をするためには今、それが必要です」 豊嶋は勝手の違いを感じながらも、新たな出会いに期待を寄せる。T「基準音は普段より低い430Hzです。絶対音感が邪魔するんですよね。ピッチを下げてやるのはちょっと不安ですが、そこに浸ってしまえば多分、大丈夫だと思います。楽器のセッティングは変える必要があります。全部ガット弦。低い方の弦は巻き線、高いEの弦は裸のガットでしょうね。梅雨の頃は断線が怖いけれど大丈夫かな。実際は不安よりも、みなさんと一緒に演奏する楽しみのほうが大きいです」 古楽・モダンの違いを越えて、その先の表現を目指す。A「僕も古楽器でやってきましたから、時代時代の流儀は分かっているつもり。ただ、その枠の中に固まってしまうとつまらない。今回シューベルトを演奏するにあたって、体から溢れる、感じたままの音楽を目指したいと思っています。たとえばポルタメント。戦前はみんな使っていました。テンポの逸脱も、ヴィブラートもそうです。18世紀も19世紀も、音楽家は多種多様なヴィブラートを使っていたことが文献からも分かります。豊嶋君ならそういう、体から溢れる音楽を実現できると思う。彼の参加でそんな理想に近づいていきたい。お行儀よく演奏するのではなくてね」T「すっぴんで美しい、繊細な音楽をしたいと思うけれど、多少のお化粧も考えないといけないですね。一人ひとりが自発性を発揮して、それぞれしたいことが膨らんでくると、そういうことも大切になってきます。会場は芸劇の大きなコンサートホールですからね。場所の広さも大いに関係あります。大きな会場では少しアイシャドーを濃くしてみたりとか」 来年2月、さらに先へと共同作業は続いていく。A「2月はこのオーケストラで初めて『運命』を披露します。お行儀のよい演奏を抜け出て、音楽そのものに取り組む。そのためならどんなプログラムにも取り組みたい。バロックでも古典でもロマンでも。シューマンの『ピアノ協奏曲』なんて魅力的だし、ブラームスもすごく好きですしね。そんな山のようにある良い音楽を、仲道さんや豊嶋君と一緒に模索していければと思っています」取材・文:澤谷夏樹 写真:青柳 聡
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