eぶらあぼ 2014.6月号
28/199
25新発見の余地を残した“中間報告”のようにお聴きください 名匠ナルシソ・イエペスに見出されてスペインに留学後、帰国してデビューリサイタルを行ったのが1969年。以来、日本ギター界を常にリードしてきた荘村清志にとって、今年はデビュー45周年の節目にあたる。その若々しい風貌と、謙虚な語り口に接していると、俄かに信じられない方も多いことだろう。この節目を記念して、6月と10月に特別なコンサートが開催される。6月のかつしかシンフォニーヒルズ公演ではオーケストラとトップギター奏者、そして10月の紀尾井ホール公演ではヴァイオリニストの古澤巌とそれぞれ共演する。 6月の公演では、共演者とプログラムを荘村がすべてセレクト。そこには決して進化の歩みを止めることのない彼の音楽と、人望の厚さが、みごとに結晶されている。プログラムはロドリーゴの3つの協奏曲をメインに据えた豪華な内容。前半は、荘村が長年信頼を寄せる大友直人&東京都交響楽団と「アランフェス協奏曲」&「ある貴紳のための幻想曲」(抜粋)を演奏する。「どちらもイエペス先生の十八番だったので、奏法のコツを間近で沢山学ぶことができました。例えば、『アランフェス』の第2楽章で、有名な旋律の前に出てくるギターのカデンツァ。留学前の僕は指1本で単調に弾いていたのですが、先生は指4本で迫力たっぷりに演奏される。そうすると、音楽の繋がりや流れがとてもよくなるので、僕も踏襲しています。今回は先生の土台の上に重ねた45年間の知識や経験を集大成した“結論”ではなく、まだまだ新発見の余地を残した“中間報告”のようにお聴きください」 そして後半は、荘村、福田進一、鈴木大介、大萩康司という、日本ギター界のトップ奏者たちが登場し、「アンダルシア協奏曲」で45周年を盛大に祝う。「12年前に立川で4人で演奏する機会(福田はスケジュールの都合で不参加)があって、ギター4台の面白さを再認識したのです。その後、今回共演する3人と定期的に集って公演を行ってきたのですが、この協奏曲は初共演なのでとても楽しみです。僕たちは全員、目指す音楽的な“山の頂上”は同じで、その“登頂ルート”が違うだけ。彼らは、ギターが表面的な技巧云々ではなく内面を磨くための手段であることを熟知した、素晴らしい同志たちです」 「アンダルシア協奏曲」はスペイン出身のギター一家、ロメロ家の委嘱で1967年に書かれたギター4台のための協奏曲だ。「4台のギターが親密に対話を交わしながら管弦楽と楽しく競い合う、合奏協奏曲のような作品です。弾いているといつもスペインの素朴な田舎の風景のようなものが脳裏に浮かび上がってくるのは、3歳で失明した作曲者が民謡などを丹念に研究しながら作り上げた“心の中の故郷”が投影されているからかもしれません。パートは、第1が僕、第2が福田さん、第3が鈴木君、第4が大萩君の年功序列(笑)。第1&第2パートが、嘆き節のような旋律を交互に歌い交わす第2楽章が特に聴きどころですね」 4人はプライベートでも非常に仲がよいという。「8歳下の福田さんは、演奏も顔も二枚目の正統派ですが、性格は三枚目(笑)。演奏会の後の打ち上げではいつも率先して場を盛り上げてくれます。年齢が離れている大ちゃん(鈴木君)は年々演奏に深みが出てきてこれからがますます楽しみです。大萩君はギターで歌う事が出来る若手ギタリストなのでまっすぐ伸びて行ってほしいです」 45周年の記念公演は10月に紀尾井ホールでも開催。近年たびたび共演しているヴァイオリニスト、古澤巌とともにリサイタルを行う。「今回は第1部がスペインをテーマにした僕のソロ(ソル、タルレガ、アルベニスなど)。第2部では古澤さんと一緒にスペインや南米の作品(グラナドス、ファリャ、ピアソラなど)を演奏します。彼の最大の魅力は、演奏に自然と滲み出てくる豊かな精神性。音色や技巧の面でも多くのインスピレーションを得ています。僕の演奏を長く聴いてくださっている方には、古澤さんとの出会いによる変化の過程を、そして今回初めてお越しになる方には、現在の荘村がどのくらい弾けるかを、それぞれお伝えできればと思います」 最後に、次の節目であるデビュー50周年に向けた抱負を尋ねると、実に力強い答えが返ってきた。「最近、J.S.バッハへの憧憬が日に日に強くなってきています。若い頃に技巧的な完璧さばかり追及していた反省を踏まえつつ、今度は一音一音をかみ締めて、じっくり味わうような演奏で。僕の大好きな無伴奏チェロ組曲の第5番と第6番、リュート組曲第1番、そして『シャコンヌ』を一晩で弾けるようなリサイタルができたら最高ですね」取材・文:渡辺謙太郎 写真:中村風詩人
元のページ