eぶらあぼ 2014.5月号
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25日本デビュー10周年の演奏を新しいホールで楽しんでいただきたいですね 都心に新しく誕生した「よみうり大手町ホール」。音楽会用の優れた機能を備えていながら、多目的に使用できるというこの空間で、河村尚子が6月30日にリサイタルを開く。実はこのホールが備えるスタインウェイD-274のピアノは、河村によって選定された楽器なのだ。「同じメーカーのピアノでも、ボディの木や、ハンマーの羊毛は天然素材ですし、工場で作られているとはいえ人間の手によるものですから、一台ずつ性格が違います。低・中・高のそれぞれの音域で、弱音から強音までのバランスが良く、全体に音の伸びが良い一台を選びました。これから多くの奏者に弾かれ、たくさんの技術者に整音されていくピアノですから、年を重ねるごとに成長し、ホールに馴染んでいくでしょうね」 リサイタルに先立ち、河村は3月28日の開館記念コンサートで、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番を披露した(尾高忠明指揮・読売日本交響楽団)。新しいホールの印象を尋ねた。「とても豊かな響きのするホールです。この空間ならではの響きと、私自身の演奏とを融合させて、お客様に音楽を楽しんでいただけると嬉しいです。ホール内部にはふんだんに木材が使われているので、新しい木の香りに包まれます。501席というキャパシティの空間では、1000人、2000人が入る大ホールで演奏するときとは違った工夫が必要になります。今回のリサイタルは、そのあたりが演奏家としてのチャレンジになると思います」 プログラムの幕開けは、リスト編曲によるショパンの歌曲である。最新のアルバムでも録音された「6つのポーランドの歌」から「乙女の願い」「私のいとしい人」というサロン風のチャーミングな2曲だ。「リストのアレンジはとてもたくさんの装飾が付いていますが、ショパンらしいシンプルさも感じられます」と微笑む。続いてはショパンのバラード第1番。「4つのバラードの中でも、1番と4番は特に人気がありますね。1番はオペラのように劇的に展開していくところが魅力です。実は取り組んでまだ1年ほどの作品なのですが、弾けば弾くほど、どんどん味わいが増しています。楽譜を見つめるたびに、全然違うアイディアが湧いてくるのです。即興的な要素も多い作品だと思うので、新鮮な気持ちで演奏したいですね」 リサイタルの後半には、ロシアものを選んだ。河村のリサイタルとしては珍しい選曲。まずはラフマニノフの前奏曲を第7番・第9番・第2番の順で演奏したあと、「コレッリの主題による変奏曲」を披露する。「これまでラフマニノフにはあまり取り組んできませんでしたが、一昨年ほど前からピアノ協奏曲第2番を弾くことが多くなり、彼の音楽の素晴らしさを知りました。メロディラインが魅力的ですし、独特なハーモニーはロマンティック。リズムの格好良さにも惹かれます。彼は交響曲やオペラも書いていて、指揮者としても活動していました。ですからソロの作品でも、オーケストラ的で重厚なイメージを持っていないと、ピアノ独自の煌びやかさだけでは表現しきれないものがありますね。『コレッリの主題による変奏曲』は、有名な『パガニーニの主題による狂詩曲』と同様に、後期の熟達した書法で書かれた作品で、ハーモニーがより複雑な響きをもっています」 プログラムの最後に用意されているのはムソルグスキーの大曲「展覧会の絵」だ。「一枚ごとの絵や、鑑賞する人が歩く『プロムナード』の様子がイメージしやすい音楽なので、人気が高いのもわかります。私が長年暮らしているドイツでは、ロシアの音楽が取り上げられること自体が少ないので、この曲が日本でこれだけ人気だということは、この数年で知りました。各楽章のコントラストをお楽しみいただけるように演奏したいと思います」 河村は今年、日本デビュー10周年を迎える。音楽家として輝かしい実績を着実に積み上げてきたこの10年、日々の暮らしの中での出来事、そして3年前の震災も含め、日本、ドイツ、世界で起こるさまざまなことのすべてが、自らの音楽に蓄積されてきたと語る。「でも10年経っても変わらないのは、『音楽が大好き』『ピアノという楽器が大好き』という想いです。一台一台の楽器がもつ特性・長所を活かした演奏を、これからも続けていきたいです」 節目の年に奏でられる河村の音色を、大手町に生まれたばかりのホールで存分に楽しみたい。 取材・文:飯田有抄 写真:武藤 章
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