eぶらあぼ 2014.5月号
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No.28 千駄木必勝コンボイーロ:ああ、これで俺は腹の歓びも喉の歓びも失った誰がこの空腹を救ってくれるんだ ?誰が俺を慰めてくれるんだ ?クラウディオ・モンテヴェルディ《ウリッセ、祖国への帰還》より 担々麺が好きだ。東に名店ありと聞けば東に奔り、西に名料理人がいると聞けば西に走る。こうして東京を中心に、担々麺自慢の店をはしごしてきたが、現在、通う頻度が最も高いのは、東京メトロ千代田線の千駄木駅近くにある毛家麺店(マオケメンテン)である。つい先日も、リコーダー&コルネット奏者である濱田芳通氏が率いるアントネッロのオペラ公演、モンテヴェルディ《ウリッセ、祖国への帰還》の稽古が千駄木のスタジオで行われたため、大休憩に出演者たちと共に件の店で夕食を取ることにした。店はカウンター席が7,8席と申し訳程度の小テーブルがおいてあるだけ。以前は小テーブルもなく、カウンター席のみであった。この店を切り盛りしているのは、男性調理人と主に注文のやりとりをする女性の2人。厨房内のこの2人は最近になっての新顔である。以前も男女2人組で店を切り盛りしていたのだが、ある時気付いたら総入れ替えとなっていた。 さてこの日も当然のように担々麺を注文した。稽古で大量にカロリーを消費したためか、麺類を注文した客の特典であるシンプル半チャーハンも同時に頼んでしまった。麺は細くちぢれているため、割とすぐに出来上がる。どんぶりから立ち上る湯気は、ベースとなる濃厚な胡麻ペーストの匂いを鼻孔へと運ぶ。麺の上にはひき肉と黒すり胡麻、パクチーがトッピングしてあり、かけ回されたラー油の赤とのコントラストが食欲をそそる。スープをれんげでそっと口に運ぶと胡麻スープの濃厚な甘みが口中に広がる。ラー油がかけ回してあるものの、見た目ほど辛くない。麺とスープの絡み方もまことによろしい。ここで同時注文しておいたチャーハンが出来上がる。卵が入っているだけのシンプルなものだが、火の加減もよくパラパラとした逸品。これをほおばりながら麺の白濁したスープを口に含むと、チェンバロの通奏低音にレガールを重ねた時のような、炭水化物×炭水化物による禁断のサウンドが生まれる。栄養が偏ろうがなんだろうが、美味いものは美味い。これぞB級グルメの醍醐味である。ちょうど稽古中の《ウリッセ》にはイーロという大食いキャラクターが登場するのだが、食欲をそのまま擬人化したような彼に心から共感できる瞬間であった。 濃厚かつオイリーな食事をしたためた後は自然と消化剤を欲するものである。千駄木の駅から団子坂を上がってゆくとエスプレッソ・ファクトリーなるエスプレッソ専門店がある。ここで、イタリアのバールよろしく立ち飲みでクイっとカフェ・マッキアートをあおる。専門店だけあって確かな味だ。イタリアにおけるお気に入りバールと比べても全く遜色のないところが素晴らしい。かくして千駄木での味巡り最強コンボが完成したのである。千葉大学卒業。同学大学院修了。東京芸術大学声楽科卒業。1999年よりイタリア国内外劇場でのオペラ、演奏会に出演。放送大学、学習院生涯学習センター講師。在日本フェッラーラ・ルネサンス文化大使。バル・ダンツァ文化協会創設会員。日本演奏連盟、二期会会員。「まいにちイタリア語」(NHK出版)、「教育音楽」(音楽之友社)に連載中。著作「イタリア貴族養成講座」(集英社)、CD「イタリア古典歌曲」(キングインターナショナル)「シレーヌたちのハーモニー」(Tactus)平成24年度(第63回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。169
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