eぶらあぼ 2014.2月号
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39「指揮者なし」のオーケストラの瑞々しい情熱 全国の主要オーケストラの若手奏者たちが中心となって活動する指揮者なしの室内オーケストラ ARCUS。団名はラテン語の「虹」に由来し、「作曲家、演奏家、聴衆を、虹の架け橋で繋ぎたい」という願いが込められている。2005年にフィリアホールでデビューを飾って以来、「自分たちのやりたいことをやる」をコンセプトに、毎回様々なテーマによる企画性の高い演奏会が好評を博している。結成から9年目を迎える彼らが浜離宮朝日ホールでの初公演を行う。その聴きどころやこれまでの軌跡、そして将来に向けた展望などを、創立メンバーであるヴァイオリンの松田拓之(NHK交響楽団)と、コントラバスの市川哲郎(群馬交響楽団)にきいた。 今回のプログラムは、ブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」、バルトーク「弦楽のためのディヴェルティメント」、メンデルスゾーン「交響曲第4番『イタリア』」の3曲。「浜離宮朝日ホールにおける私たちのお披露目公演なので、自己紹介的なプログラムを、と頼まれまして。結成公演で弾いた『イタリア』を軸に、流れがよくて、聴きごたえも充分な重量級の作品を組み合わせてみました」 各曲の聴きどころについて、「ブラームスの変奏曲は、緊張と弛緩のバランスが大変よく、作曲者の技法の精髄を味わえる名曲だと思います。バルトークの『ディヴェルティメント』は、前々からメンバー内で取り上げたいという声が多かった作品です。弦楽5部を基調としながら、独奏とオーケストラの総奏に分かれ、その2群が交代しながら演奏する部分が沢山出てくるのが難しさであり、面白さでもありますね。そしてメンデルスゾーンの最も人気の高い交響曲『イタリア』。イタリア舞曲のサルタレロで書かれた第4楽章をはじめとした躍動的なリズムや構成を、指揮者なしでどのように表現するかにご注目ください」と、市川。 その「指揮者なし」の醍醐味を松田に訪ねると、「醍醐味はやはり、演奏者主体で音楽が展開されていく積極性。その反面、作品中で個々が担う役割を全員で理解しなければ前に進めないので、約3日間の短い練習でそれを実現するには毎回多くの困難を伴うのも事実です。でも、それを乗り越えた“ある瞬間”から、音楽の輝きや躍動感が飛躍的に増し、全員の気持ちが完全にひとつになっていく。その感動と経験は、メンバーがそれぞれの所属オケに戻った時にも間違いなく役に立っていると思います」 桐朋学園大学で一緒だった松田や市川たちが、卒業後、国内の主要オーケストラに入団して数年たった頃、「学生時代の情熱をもう一度思い出して、何か面白いことをやろう」という思いから生まれたARCUS。これまでの活動を振り返り、2人が声を揃えて「最も印象深い公演」に挙げるのが、記念すべき第1回目の旗揚げ公演だ。「深夜のファミレスに集まって構想を練り、企画から券売、宣伝まですべてを自分たちで行いました。実現に2年以上もかかった念願の公演だったので、最初の音が出たときは本当に感動しましたね。創設メンバーの一人でステージマネージャーの舘岡さん(現・いわき芸術文化交流館アリオス制作担当)などは、舞台裏で演奏を聴きながら涙が止まらなかったそうです。浜離宮朝日ホールの主催でオーケストラ公演が行われるのは久しぶりだそうなので、旗揚げ公演での感動と瑞々しい情熱をふたたび感じていただけるように頑張ります」(松田) ARCUSは年1回の定期公演以外にも、幼児や子供向けのプログラム、室内楽のコンサートなど、様々な活動を行っている。今年も、毎年恒例の第一生命ホール《子どものためのクリスマス・オーケストラ・コンサート》(NPOトリトン・アーツ・ネットワーク主催)が12月14日に行われることがすでに決まっている。少々気は早いが、最後に2015年の結成10周年に向けた今後の抱負を尋ねると、松田が次のように結んでくれた。「自分たちがやりたいことをひたすら追求してきたので、次の10年はそれを広く知っていただけるような活動も考えてみたいですね。例えば、ベートーヴェンやモーツァルトの交響曲をツィクルス的に取り上げるとか、それらを録音や映像に残すとか。ただ、僕たちはチラシやプログラムの作成から、楽譜の準備、配布まで、すべて自分たちでやらなければいけないので、ついつい近視眼的になりがち。この情熱の灯を絶やさないためにも、初心を忘れずに視野を広げる努力を続けていきたいと思います」取材・文:渡辺謙太郎 写真:中村風詩人取材協力:NPOトリトン・アーツ・ネットワーク
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