eぶらあぼ 2014.2月号
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37イギリスのヴィオラ音楽の魅力をご紹介します! フランス出身のアントワン・タメスティは、若い世代を代表するヴィオラ奏者の一人。2004年のミュンヘン国際音楽コンクールで優勝し、世界的な注目を集めた。現在はパリ国立高等音楽院教授を務める。そんな彼が、今井信子によってヴィオラスペースに招かれ、現在は、演奏だけでなく、共同ディレクターの一人としてプログラミングにも参加している。「今井さんに初めてお会いしたのは2000年のオランダでのマスタークラスでした。彼女は私にとても興味を持ってくれて、バッハの『シャコンヌ』のヴィオラ四重奏版(編:野平一郎)をいっしょに録音することになったのです。彼女の家に招かれ、一週間泊まって、リハーサルを行いました。今井さんは私にとって最大の“アイドル”の一人でしたから、かけがえのない経験となりましたね。その後、2004年のミュンヘン国際音楽コンクールに出たとき、今井さんは審査委員を務められていました。私はそのコンクールで優勝し、それがきっかけとなり、ヴィオラスペースに招かれることになったのです。私はこのヴィオラのための音楽祭のアイディアに非常に感銘を受けました」 タメスティは、これまで、2006,08,10,11,13年のヴィオラスペースに参加。「最初は06年のシュニトケのヴィオラ協奏曲でした。ヴァイオリンのないオーケストラで、ヴィオラの首席を務めたのが後にケルン音楽大学で私の弟子となった原麻里子さんです。最近では今年のヒンデミットの《葬送音楽》が素晴らしかった。ヴィオラ独奏とヴィオラ・オーケストラのための編曲版で、私はオーケストラのコンマスを務め、今井さんがソロを弾いたのです。私たちは彼女をリスペクトしていますから、ベストを尽くしてサポートしたものですよ」 2014年のヴィオラスペースのテーマは「イギリスのヴィオラ音楽」。副題には「偉大なるヴィオラ奏者ターティスとプリムローズを讃えて」とある。プログラム構成を担当したタメスティはこう語る。「ヴィオラ奏者によって作曲家がインスピレーションを受けてヴィオラ音楽が書かれてきました。2013年が没後50年のヒンデミットもヴィオラ奏者でしたし、同時期に最初のヴィオラの“ソリスト”であるプリムローズとターティスが現われました。ウォルトン、ヴォーン・ウィリアムズ、ブリテンら当時のイギリスの作曲家がヴィオラのために作品を書きましたが、この二人の素晴らしいソリストのおかげで、20世紀初頭にヴィオラのレパートリーが広がったといえるでしょう。それを再確認し、敬意を表し、オマージュを捧げるべきだと思います」 今回のヴィオラスペースでタメスティは、ヴォーン・ウィリアムズの組曲「フロス・カンピ(野の花)」のヴィオラ独奏を務める。「オーケストラと合唱が必要なために演奏される機会が少ない曲です。今回のヴィオラスペースがイギリス音楽特集なので、チャンスだと思い、入れました。私はこの曲を弾いたことがなく、やっと夢が叶ったのです。抒情的でノスタルジックな曲で、感動を保証します。ヴィオラスペースは教育的なプロジェクト。珍しい曲の紹介や発見の場でもあります」 プロのヴィオラ奏者は、学生時代にヴァイオリンからヴィオラに転向した人がほとんどだが、タメスティは10歳からヴィオラを弾いている。「父と叔父がヴァイオリニストだったので、5歳の頃からヴァイオリンを始めました。でも9歳の頃に1つの作品を聴いて、ヴィオラへの転向を考えたのです。それはバッハの無伴奏チェロ組曲でした。最初、チェロを弾いてみたのですが、チェロのテクニックはヴァイオリンとは随分違う。そこで『ヴィオラもある。バッハの無伴奏組曲も弾けなくはないよ』と言われ、10歳のときにヴィオラに転向したのです。4分の3サイズのヴァイオリンにヴィオラの弦を張ってもそんなに良い音はしないのですが、私はその音に惚れてしまいました。私は体を通してE線よりもC線の方が好きだと感じました。もう、ヴァイオリンには戻りたくないと思いましたね」 現在、タメスティは、1672年製のストラディヴァリのヴィオラを使っている。「ストラディヴァリが最初に作ったヴィオラです。当時はいろいろなヴァイオリンのファミリーが存在したのですが、そんな状況のなかで、ストラディヴァリはこの楽器を作ることによりヴィオラを“定義”しようとしたのです。それはすごく良い試みであり、大成功しました。私のストラドは裏板にポプラを使っているのでとても深い音がします」取材・文:山田治生
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