eぶらあぼ 2014.2月号
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この人いちおし184マイスター・ミュージック 1月度新譜(2タイトルとも1月25日(土)発売)『スパイと踊子』 通崎睦美(木琴)MM-2171 ¥2816+税平井義也(マイスター・ミュージック代表)Yoshiya Hirai演奏収録に最適なポイントを追求 これまでに400タイトルを超える録音を発表してきたマイスター・ミュージック。その主宰者で、プロデューサーとエンジニアを兼任する平井義也は、ドイツの国家資格「トーンマイスター」を初めて取得した日本人としても知られている。昨年、設立20周年を迎えた彼に、これまでの軌跡と今後の展望をきいた。 大阪に生まれ、父が謡曲、母や妹がピアノを嗜むなど、恵まれた音楽環境で育った平井。自らも学生時代にピアノやテューバを経験しながら、自然と音楽の道を志すようになった。その後、関西の大学で電子工学を学んでいた彼に転機が訪れたのは2年生の時。当時、NHK交響楽団のファゴット奏者だった菅原眸(ひとみ)に将来を相談する手紙を書いたところ、伝統ある音楽教育機関として名高いドイツ・デトモルト音楽大学への留学を勧められた。 「入試では理論だけでなく、ピアノも演奏家と同レベルの技術を求められたので非常に苦労しましたね。僕の年は60人受験して、合格者が2人でした」 デトモルトで学んだ4年間は、ピアノ、テューバ、楽理、作曲法、スコア・リーディング、音響工学、電子工学などを網羅的に学ぶ多忙な日々。休暇期間には、実際の録音現場に立ち会い、彼らと一緒に仕事をする貴重な経験も得たという。 「特に思い出深いのがカール・ベームとカール・リヒターの収録です。そこではトーンマイスターが巨匠と同じ権限を持ち信頼を得ていて、作曲家が求める音色を瞬時に捉え、演奏家がその持ち味を最大限に発揮するために何をしたらよいのかを的確に判断していました。時に演奏家の解釈にまで踏み込みながら、音楽をより生き生きとした方向へと導いていく仕事ぶりを実地で吸収できたのは本当に幸せでした」 その後、デトモルトを卒業した平井は、ソニー(当時はCBSソニー)に入社。海野義雄、中村紘子、堤剛、清水和音、ジャン=ピエール・ランパル、工藤重典など、多くのアーティストの録音を手がけるなか、「より柔軟で専門的な企画を立てながら、どこまでもシンプルな音色を追求したい」と決意し、1993年に独立を果たした。 録音現場では、ホールで最高席の音を自然に再現するため、ホールを貸切り、2本のマイクを1ヵ所に立てる「ワンポイント録音」を採用している。「作品にふさわしい響き、演奏家の個性、楽器ごとのバランスなどを鑑みながら、それらをすべて満たした“1点”を広い空間の中に見出しているのです」 そんな平井の録音を支える相棒がマイク。スウェーデンの名工デットリック・デ・ゲアールが製作した世界で数組しかない貴重な機材だ。 「現在の録音現場ではトランジスタ・マイクが主流ですが、僕は自然で奥行きのある音が欲しいので、あえて真空管マイクを採用しています。人間の耳以上に敏感に音を拾う優秀さで、高さ27センチメートル、重さ2.2キログラムという世界一の大きさを誇るマイクなのですよ(写真)」 そして、平井のこだわりは録音の仕上げにも。編集が済んだハードディスクから原盤を直接作るダイレクト・カッティング方式だ。 「オリジナルをコピーすることで音質の劣化を防ぐための方法です。録音は料理のようなもので、新鮮な素材の持ち味を損ねず、すばやく出してやることが大切ですからね」 今後の展望を「有名演奏家だけでなく、新進の若手に録音の機会を持ってもらうことで、継続して彼らの芸術を録音物として残し、世の中に発表することを長期的にサポートしていきたい」と語る平井。その言葉通り、1月には工藤とウィーン・フィル首席のワルター・アウアーによる豪華フルート・デュオと、木琴奏者および随筆家として活躍する通崎睦美の新譜リリースが控える。今後もトーンマイスターがリリースする美しい響きに期待できそうだ。取材・文:渡辺謙太郎『大協奏幻想曲』 工藤重典(フルート)&ワルター・アウアー(フルート)MM-2172 ¥2816+税SPECIAL
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