eぶらあぼ 2014.2月号
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人は何のために生きているのか、とは難しい問いですが、例えば恐竜の生きがいは? となると結構簡単に思えます。おそらく生き延びて子孫を増やしたいという一心じゃないでしょうか。案外人の生きがいなどということもそんなところかもしれません。自分の生の痕跡がこの世に残り続けることを望むように、人は心を動かされるたびにそれを残そうと歌や絵を残した、芸術とはそういうものなんでしょう。 話は飛躍しますが、地球生物は40億年近く生き残っていて、その長い間には様々な進化・絶滅を経験しています。進化って概して弱者の特権なんですね。海での生存競争の弱者が川に逃れ、雨季と乾季を生き延びるために肺ができ、さらにその中の弱者が岸辺に追いやられてヒレが手足に変化して陸地に上り…と言う具合です。強い奴、例えばサメなんか4億年以上基本的なシステムをほとんど変えていません。そのままで生き残れるから進化の必要がないのでしょうね。ただこれは、環境が安定しているという大前提が必要で、海に比べれば環境変化の激しい陸上では何度も主役交代が行われています。有名なのは6500万年前ですね。地上最強の生物種・恐竜が短期間で絶滅してしまいました。このようにある環境に最も適応し繁栄したものほど環境変化に弱く、あっという間に絶滅したりします。環境変化に一番強いのは、主役からほど遠いバクテリアみたいな原始的な生命体なんでしょうね。 つい最近何気なく塩野七生氏の本を読んでいたら、ギリシア文明の起こりを説明する中で「なぜか文明は常に周辺より起こる」とありました。何やら生物の進化と気味悪いほど符合するような話と感じています。クラシック音楽は、「クラシック=古典」という短絡故か、古くから生き残った素晴らしい音楽、というイメージがありますが、一般的に言ってクラシック音楽の華はバロック以後、たかだか400年です。この短い(生物の進化の歴史に比べたら!)時間の中では気候変動もあまりないし、社会学的にも西洋中心の時代だからこそクラシック音楽が広まったのだ、という考えも実はできるのかと思います。 問題はこの状況がいつまで続くのか、ということです。1950年からの100年間で白人の総体人口比が半減すると考えられ、実際に世界第2位と第3位の経済大国がアジアにあるというこの時代に、いわゆる西洋文化の一極化というのは難しくなる可能性は否めません。21世紀のキーワードは、多極化ではないか、とすら思ったりもしています。そうした時代の影響を音楽もきっと受けていくでしょう。思いもしなかったところから新しい音楽が出てくるかもしれないし、クラシックそのものも変わるかもしれない。既に20世紀にはフランスの作曲家も、東洋やインドの音楽の影響を受け、そこから何かを取り込むことで新しいものを生み出してきましたしね。 変化は生物にとってストレスではありますが、進化という産物をもたらし、それによって世界は豊かになりました。音楽の世界でも演奏スタイルも含めて、これからどういう新しいものが出てくるのか、楽しみにしていきたいと思います。 さて僕の連載は今回でおしまいです。長い間読んでいただきありがとうございました。またどこかでお目にかかりましょう。文:上杉春雄#28 最終回 音楽を巡る時の流れを考えてみたinformationバッハ平均律にみる世界観XI講師:中野雄(音楽プロデューサー) 上杉春雄(ピアニスト)★1月25日(土)13:00・新宿/朝日カルチャーセンター 朝日JTB・交流文化塾問:朝日カルチャーセンター03-3344-1945http://www.asahiculture.com/shinjuku/春畑セロリ(作曲家)と上杉春雄の「音楽薬膳」★1月26日(日)14:00・横浜市栄区民文化センターリリス問:コレーゲステーション045-821-3926※詳細はWEB(www.uesugi-h.jp)でご確認くださいphoto by Takahiro Hoshiai1988年にサントリーホールでデビュー・リサイタルを行い、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)より4枚のアルバムを発売。オーケストラ・アンサンブル金沢、東京フィル、読売日響などのオーケストラや、池辺晋一郎、川本嘉子らと共演、NHK「芸術劇場」でも活動が紹介される。バッハの平均律全曲演奏会は高い評価を得た。東京大学大学院修了。医学博士。HP:http://www.uesugi-h.jp/うえすぎ・はるお181
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