eぶらあぼ 2014.1月号
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27自分の未来を信じて歌います! 彗星のごとく現われた新進テノール山本耕平。29歳で《ドン・カルロ》の題名役に抜擢された彼が、考え抜いて選んだ歌の道を今ひた走る!「悩める男や老け役が大好きなのです。東京芸大在学中にオペラ・デビューした際も役は《コジ・ファン・トゥッテ》のドン・アルフォンソでした。当時は高橋修一先生のもとでバリトンとして勉強していました。でも、高橋先生が退官されたので直野資先生の門を叩いたところ、開口一番『うん? テノールじゃないのか? アリア1曲持っておいで』とおっしゃって、《トスカ》の〈妙なる調和〉を歌いました。その時、テノールへの転向が即決したのです」 このエピソード、実は彼なりの深い事情が絡むもの。「米子市に育ち、中高時代はブラスバンドまっしぐらでクラリネットを吹いていました。実は、鳥取県の団体は『全日本吹奏楽コンクール』の全国大会に今まで一度も出たことがないのです。それで、高校生なりに色々考えた結果、状況を進展させるにはまずは人脈と思い立ちました。東京の音大で4年間切磋琢磨して人の縁を得たい、卒業したらすぐ帰郷して音楽教師になろう、そこで頑張って全国から吹奏楽の指導者を呼びたいと願ったのです。その際、管楽器の他にもいろいろこなせた方が現場の指導に役立つと思い、志望を声楽に変えました。だから、テノールとバリトンの区別もつかないまま、受験していたのです(笑)」 この一途な思いが予想を超えて大きく結実。イタリア留学、東京二期会に主役デビューと邁進する。ここで話題は《ドン・カルロ》の解釈に。「今回は5幕版なので、ドン・カルロ王子とエリザベッタの出会いの幸福感をお客様にきちんとお伝えできるのが嬉しいですね。あの出会いがあってこそ、幕切れの別れも活きるのでしょう。開幕直後にカルロはアリアを歌いますが、短くても音楽の密度は濃くて、音型も歌うには実はシビアなのです。緊張する自分が目に見えるようです(笑)。このアリアは王子のパートでは一番難しいと思いますが、でも大好きな一曲です…。登場人物でカルロは最も若い世代に属しますね。感情も不安定だし、熱いけれど危ない男です。だから演じる際はなりふり構わず嘆いてみたい。そうでないと、王妃との二重唱での夢うつつの、うわごとの様なパッセージも歌えないのではと思うのです」 一方で、ドラマのもう一つの柱は「宗教と政治の権力闘争」。山本の格別な思いはここにも。「僕はカトリック教徒として育ちました。だから、『死による救済』というテーマを常々考えています。教皇ヨハネ・パウロ2世が存命中に、カトリックの過去の過ちについて謝罪して廻られた姿は記憶に新しいですが、そのように、矛盾も孕みつつ続いている宗教ですね。《ドン・カルロ》も宗教改革の萌芽の時期を描いていて、第4幕での宗教裁判長の言葉『王の友人が何故人間でなければならぬ?』は本当に重く感じるのです。そんなことを言われたら自分は全部投げ出したくなるかもしれない…。でもフィリッポ王はそうした毎日を送ってきたのだから、できた人間だなと思いますね」 ここで王子のキャラクターを冷静に分析して。「カルロの人物像を眺めてみると、国王の資質はまだ備わっておらず、その覚悟もないですね。でも、親友ロドリーゴから大きなエネルギーを与えられるたび、彼の精神はしゃんとします。しかし、その友が暗殺され、愛するエリザベッタとも清らかに別れようという大詰めで、父親に逮捕されようとするその瞬間、先帝の霊が彼を連れ去っていく…。このエンディングは、カトリックの僕にとっては、王子は現世を去る ──つまり『死ぬ』ことで救済されるのだとしか思えません。今回のマクヴィカーさんがこの幕切れにどんな演出を付けられるのか。稽古場で彼と対峙する瞬間をどきどきしながら思い描いています」 2月の公演には故郷から応援団も駆けつける予定。「まだオペラを観たことのない人たちにもぜひ来てもらいたいと思って呼びかけました。登場人物がたくさん出ますが、それぞれが時代背景に添った衣裳を着けて演じますから、初めてのお客さまにも親しみやすい舞台だと思いますね。今回のオペラは僕にとってはまさに『出発点』です。経験不足の身ではありますが、自分の未来を信じながら歌いますので、皆様にも僕のスタート地点をしっかり見届けていただきたいです。『あの公演を観たよ!』といつか自慢していただける日が来るよう、全力で頑張ります!」取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:青柳 聡
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