eぶらあぼ 2013.11月号
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27作品が持つ普遍性を重視して演出したいと思います「僕自身、この作品のどこにいちばん魅力を感じるかといえば、つうのアリアに代表される名曲性と、宇宙的なスケール感です。聴いていると、いわゆる民話劇にはあり得ない壮大さを感じますし、そうすることで團伊玖磨先生は、木下順二先生が書かれた戯曲の本質に、さらに普遍性を与えているように感じます」 そう話す、歌舞伎俳優の市川右近。来年1月から上演される、新プロダクションでのオペラ《夕鶴》で、演出を担当する。美術は日本画家の千住博、照明はオペラやスーパー歌舞伎を多数手がけている成瀬一裕、衣装はファッション界の大御所、森英恵。そして、ソプラノは世界で活躍するプリマドンナ、佐藤しのぶ。まさに“ドリーム・チーム”によって創られる新しい《夕鶴》だ。「日本から世界へ発信できる作品をというコンセプトのもとに結集したチームに参加でき、身が引き締まる思いです」と語る右近。彼が今回の演出にあたって着目したのは、先述したような作品が本来持つ普遍性。そこに光を当てるために、これまでのようないわゆる民話劇調のビジュアルをすべて刷新。映像も多用した抽象的な美術にし、衣装は洋服にするというから斬新だ。「というのも、團伊玖磨先生が書かれたスコアの冒頭には、『時、いつとも知れない物語。ところ、どことも知れない雪の中の村』と明記されているのです。そういった点をふまえた今回の演出イメージを、最初のキック・オフ・ミーティングでお話ししましたら、先生方も『時も国も超えて伝えられるようなものを、このチームで創作していきましょう』と賛同してくださいました。不朽の名作といわれるこのオペラを、日本の良さを知り尽くした千住博先生の和モダンの世界と、森英恵先生の素敵なオートクチュールの洋服でお見せできることを、僕自身も楽しみにしています」 ただ一つのネックは、登場人物の言葉の方言を、和モダン&洋服の世界でどう成立させるか。しかしそれも、世界へ発信していくことを考えれば、些細な問題だといえるだろう。「それよりも、これまでのビジュアル・イメージを取っ払うことで、民話『鶴の恩返し』に留まらない、戯曲の根底にある主題を浮き彫りにすることのほうが重要だと考えました。その主題とは、いつの時代にもある都会に憧れる若者の心理かもしれないし、自然と共存していた世界に貨幣経済が入ってきたことで生じる歪みや、そこから起こる自然破壊への警鐘かもしれない。お客様の解釈に委ねる部分も残しつつ、『都会に出て、お金が得られれば、それで幸せなのか?』『そのお金とは、一体何なのか?』といったことまで、考えていただける作品になればと思っています」 師匠である三代目市川猿之助(現・猿翁)が、パリのシャトレ座でリムスキー=コルサコフの《金鶏》でオペラ演出デビューを果たした際に、助手として同行した1983年以降、演出助手や演出家として、幾度かオペラの現場を経験している右近。そこで彼は「オペラにおけるソリストは、あくまでも歌い手であり、僕らのような舞台役者ではないのだ」と実感し、歌舞伎の世界で幼い頃から親しんできた、たとえば舞台上での立ち位置といった様式美にのっとったルールが、オペラでは通用しないことを思い知ったという。 一方でオペラに、歌=音楽、舞=踊り、伎=演技から成る歌舞伎との共通性も感じているそうだ。「オペラの演出をやらせていただくと、自分にとってはごく当たり前になってしまっている歌舞伎の決まり事に改めて気付くことができますし、オペラの素晴らしさと一緒に歌舞伎の素晴らしさも学べるので、とてもいい経験になります」 とはいえ、歌舞伎以上に音楽がものをいうのがオペラ。團を恩師と仰ぐ佐藤や、その夫であり、團の助手として直接薫陶を受けた指揮の現田茂夫らに相談しながら、「僕はビジュアルや心理表現面や、全体の調整係を担っていきたい」と話す。「とにかく、きれいな絵を作りたいですね。歌舞伎を始めて41年の僕が、師匠のもとで学び、培ってきた歌舞伎の美意識や発想や演技術や演出法、そして日本人として生まれ育った自分が感じてきたものを、すべて投入できたらと思います。といいながらも、それを直接表現しないところが、今回の大きな挑戦ですね。僕が演出するということで、しのぶさんの宙乗りを期待される方もおられるかもしれませんが(笑)、白塗りにもしませんし、つうが宙乗りで飛び去って行くこともありませんと、今から断言しておきます(笑)」取材・文:岡崎 香 写真:武藤 章

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