eぶらあぼ 2013.9月号
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この人いちおし166【BOOK】『曲がった家を 作るわけ』西村朗 著 春秋社 ¥2310【CD】『虹の体…東京シンフォニエッタ プレイズ 西村朗 第1集』板倉康明(指揮/クラリネット)東京シンフォニエッタ 藤原亜美(ピアノ) 海和伸子 梅原真希子(以上ヴァイオリン)西村朗:◎虹の体 ◎微睡Ⅲ ◎ラティ ◎水のオーラ ◎オルゴンカメラータ・トウキョウ CMCD-28282 ¥2940西村 朗 (作曲)Akira Nishimura解脱に向かう変容と昇華を表現 聴く者の心に染み入る、奥行きと立体感あるサウンド作りで知られ、国際的にも高い評価を受ける作曲家の西村朗。還暦を迎えた今年、西村作品の初演を重ねるなど、深い関係のある東京シンフォニエッタ(TS)のライヴ盤『虹の体…東京シンフォニエッタ プレイズ 西村朗1』がリリースされた。解脱に向かう変容と昇華を幻想的に表現したタイトル曲をはじめ、新旧の5曲を収録。彩り豊かな響きの世界が秀演で堪能できる。 「ホールでの実演はその場限り。最も贅沢な聴取体験ですが、時と場所も選べない。また、1回聴いただけで作品の姿を捉えるのも困難です。だから、作品を理解してもらう上で、CDは不可欠だと思います。必ずしも優れた再生機器を使う必要はないのです。古いLPで聴くフルトヴェングラーも、十分に感動を生んでくれますから…」西村は、実演と録音との関係について、こう話す。 TSは、現代音楽の名手で構成された室内楽団。「虹の体」(2008)をはじめ、多くの初演や再演を手掛けているが、意外にも西村作品の録音の発表は初。 「昨年10月の東京での定期で、私の作品展を催してくれたのが(今回のリリースの)きっかけ。1枚の予定でしたが、デュオ曲や旧作『光の蜜』(1990)を加え、結局は2枚に。素晴らしい演奏だったので…」 「虹の体」は、悟りを開いた行者が死に至り、魂は光へ、肉体は大気へと昇華する様を描いた佳品。西村は「この作品は、2008年のTSパリ公演に際して委嘱を受け、その後も再演を続けてくださった。さらに『ヴィシュヌの臍』(2010)、『ギター協奏曲〈天女散花〉』(2012)と初演を重ね、私にとってTSは大切な演奏団体のひとつとなりました」と説明する。 そして、「指揮者の板倉康明さんは長いつきあいの友人で、私の作品の深い理解者。音楽力は卓越し、簡潔に親密な対話が可能で、表現も澱みなく、瑞々しくて明確です。TSは現代音楽へのモチベーションや自主性が高く、表現の統一性と求心性も素晴らしい。(TS同様に関係深い)いずみシンフォニエッタ大阪とは色調が違って、それぞれの魅力と表現力で拙作に命を与えてもらい、とても幸せです」と言葉を重ねた。 「生と死、夢と現実、聖と俗、同質と異質…それらの様々な臨界域が、自分の作曲の存在域」と話す西村。収録作品は編成も作曲年も様々だが、全体で一つの曲のように“臨界”が感じ取れる。「曲の割り振りと順序には、頭を悩ませた」と西村。「結局、第1集を“体の感覚”、第2集を“心の感覚”とした。第2集の最後に置いた『ギター協奏曲〈天女散花〉』には、作曲中に亡くなった、母への追悼の意味合いも…副題は京劇から採ったが、偶然にも、母の名は『花香』でした」。第2集も、間もなくリリースされる。 また、作曲の裏話や、作曲家を志してから現在までをテンポよくしたためたエッセイ集『曲がった家を作るわけ』(春秋社)も上梓。 「頭を揉むと軽くなって、さっぱりしました。頭に新しい何かが入り込むスペースが出来た感覚。惚ける前に記憶を文章で残せたのも嬉しい。今回は、作曲と同じような感覚とリズムで書けました」 現代作品が「古典」となりうる条件とは「長く愛され得る『顔』と『体』、すなわち容姿を持ち、消し難いオーラも備えていること」。そして、これまでの人生を「作曲まみれだった」と振り返り、「良くも悪くも、自分と作曲は一体。創作は心臓と同じく、止まれば死ぬ。自分に成長なくば、曲も成長しないまま。来るべき死の時まで、作曲が自分を導いてくれるようにも思う」。最後に「作曲家になる夢を叶えて、次の夢は?」と問い掛けると、「まだまだまったく、今も夢の途中です」と笑った。取材・文:寺西 肇©大窪道治
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