eぶらあぼ 2013.9月号
152/191

 医者をやっていてピアノを弾いていると、医学と音楽に関係があるのか? というようなことをしばしば聞かれます。自分としては今の生き方しか知らないから、それについて特別なことは普段からあまり意識していませんけれど。 こんなように、「建築と音楽の関係は?」といっぱい聞かれたんだろうなと想像できるのが、先月もチラと書きましたクセナキスという作曲家です。ご存じの方も多いとは思いますが簡単に彼の略歴を記しますと、1922年生まれのギリシア人です。工科大学在学中第2次世界大戦が起こり、ギリシアはイタリア、ドイツ、そしてイギリスの進駐を受けました。それらと闘うパルチザンとなり、左顔面に大けがを負い、左目は失明したそうです。さらにその活動に対して死刑宣告までされてしまい、命からがらパリに亡命、手当たり次第仕事を探した結果、20世紀を代表する建築家のル・コルビジェの事務所で構造エンジニアとして雇われます。この時彼はまだ20台半ば。すでにものすごい波乱万丈っぷりですね。ちなみに構造エンジニアというのは、複雑かつ大規模な建築物が、破綻なく建つのかどうか計算をし、建築家に還元する立場の人です。 その一方「寂しさと孤独な生活の中で」、「自分が本当のところ何者なのか」を知りたいがために音楽を始めた、ということです。これらはクセナキス自身の言葉を訳して書いたものです。オネゲルやミヨーのところに通って通常の作曲のレッスンを受けようとしたけれどうまく行かず、結局メシアンから数学を使って作曲したら?、というアドバイスを受け、1950年代より伝統的な音楽とまったく異なった地点から作曲を始めました。 そんな彼がかなり早い時期から意識していたと思われることは、「“目に見える現象”を、“目で見る音楽”としてとらえる」ということだったようです。建築家クセナキスの仕事として有名なのは、1958年のブリュッセル万博のフィリップス館の設計です。後に誰がこの建築を主導的に作ったかでコルビジェと大喧嘩になり、それが原因でコルビジェ事務所を辞めさせられたといういわくつきの建築ですが、実物を見た知人の建築家からも、コルビジェの作品としては特異、と直接伺ったことがありますし、独立後にもクセナキスは結構似た建築を作っているので、たぶんクセナキスの言うとおりほぼ彼のオリジナルと僕は信じています。 この建築、ものすごく単純に言ってしまうと、直線を連続的に変化させることで曲線や曲面を生み出すというアイディアで作られているそうです。そのアイディアは、同じ頃に作曲されている「メタスタシス」という曲にそのまま応用され、建築では連続的に変化していた直線が、音楽では連続的に音程を変化させるグリッサンドとなり、その集合によって聴覚的にも曲線を知覚させる、というものになっています。 空間と音って物理現象・物理量としては全然違いますけれど、それぞれ脳の中に入ると共通のイメージでつながってしまうって、面白いですね。我々はそんな脳を持っているからこそ、音楽を聴くだけで豊かな体験ができるということなんでしょう。文:上杉春雄#23 建築と音楽information上杉春雄 デビュー25周年記念コンサート 《時を聴く》曲/J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ/クセナキス:ヘルマ/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番/ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」からの3楽章/ショパン:ピアノ・ソナタ第3番★10月8日(火)・旭川大雪クリスタルホール、15日(火)・札幌コンサートホールKitara、28日(月)・紀尾井ホール、11月2日(土)・兵庫県立芸術文化センター(小)問:音楽事務所サウンドギャラリー03-3398-5631※詳細はWEB(www.uesugi-h.jp)でご確認くださいphoto by Takahiro Hoshiai1988年にサントリーホールでデビュー・リサイタルを行い、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)より4枚のアルバムを発売。オーケストラ・アンサンブル金沢、東京フィル、読売日響などのオーケストラや、池辺晋一郎、川本嘉子らと共演、NHK「芸術劇場」でも活動が紹介される。現在バッハの平均律全曲演奏会を開催中。東京大学大学院修了。医学博士。HP:http://www.uesugi-h.jp/うえすぎ・はるお161

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です