河野克典(バリトン)&小林沙羅(ソプラノ) ミュラーと松本隆 2つの「冬の旅」

言葉の違いが行き着く先


 東京文化会館の《プラチナ・シリーズ》第5回。シューベルトの誕生日(1/31)の公演は、「冬の旅」を、日本語訳詞と、原語ドイツ語(詩:ミュラー)の両方で聴かせるユニークな試み。もちろんどちらも全曲演奏だ。
 日本語版は、作詞家・松本隆が1992年に訳したもの(この訳による演奏は、かつてCDも発売されていた。また松本は、「水車屋」も訳している)。太田裕美や松田聖子、あるいはKinKi Kidsなどをはじめ、1970年代から日本の歌謡界を代表する存在として2,000作以上の作詞を手がけてきた松本隆だが、もともとは日本語ロックの嚆矢ともいえる伝説のバンド「はっぴいえんど」のドラマー兼作詞担当だった人。当時チャレンジングだった「ロックを日本語で」という試みを成功させた開拓精神は、この日本語訳でも見事に生きている。古典詞の訳に、“格調高い”文語体ではなく、現代の口語訳を採用しているのが最大の特徴。音として耳で聴いて意味のわかる言葉で歌われることで、音楽作品としての新しい生命が与えられた。
 演奏は日本語版が小林沙羅、ドイツ語版が河野克典。「冬の旅」は青年が主人公なので、女声の、それもソプラノの演奏は聴く機会が少ない。しかも日本語で! 河野克典は、いうまでもなくこのジャンルの達人。
 韻律や言葉の響きなども異なる2つの言葉で、どんなパラレルワールドが描かれるのか。あるいは逆に、言葉の違いを超えた共通の世界が現れるのか。実に興味深い。
文:宮本 明
(ぶらあぼ2014年1月号から)

Music Weeks in TOKYO 2013 
プラチナ・シリーズ5
★2014年1月31日(金)・東京文化会館(小) 
問:東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650 
http://www.t-bunka.jp