ジャナンドレア・ノセダ●指揮

《仮面舞踏会》はどこから見てもキラキラと輝いているオペラです

 2010年の初来日から3年、イタリアが誇る歌劇場の一つ、トリノ・テアトロ・レージョ(トリノ王立歌劇場)が今秋待望の再来日を果たす。先だって音楽監督ジャナンドレア・ノセダに現地で抱負を存分に語ってもらった。
「1973年にカラスとディ・ステファノ“演出”の《シチリア島の晩鐘》でこのオペラハウスが再開場してからもう40年経ちますね。その間、この歌劇場は常に“新しさ”を目指してきました。音楽監督に就任して6年目の私も、『フレッシュな気持ちで新たな演目に臨むトップアーティスト』を良いタイミングで呼びたいと願い続けてきました。ですので、今年11月の日本ツアーもその方向で配役を決めました。第一級の歌い手が、ある役柄をやっと歌い始めるといった時期を狙ったのです。これも新鮮なエネルギーを作品に与える好機でしょう。皆様にも『この歌手がこの役を遂に歌う! 他ではなかなか聴けないぞ!』といった歓びを味わって頂きたいのです」
 そこで選ばれたのが、名花バルバラ・フリットリが挑む《トスカ》。そして、新星のスター2人、ソプラノのオクサナ・ディカとバリトンのガブリエーレ・ヴィヴィアーニも参加する《仮面舞踏会》。
「《トスカ》と《仮面舞踏会》には創作の上での共通点があります。《トスカ》の4年後に《蝶々夫人》が初演されますが、音楽様式の面で《蝶々夫人》は《トスカ》よりも《ボエーム》に近く、逆行する感じです。プッチーニも試行錯誤していたのでしょう。でも、裏を返せば、《トスカ》にはそれだけ斬新な響きが詰まっているということなのです!
 一方、《仮面舞踏会》にもヴェルディの迷いが見られます。劇的な響きがもたらす近代性と、19世紀前半ゆずりの伝統的な書法が混在するオペラですが、当時の彼はどうも、新しいアイディアと従来のスタイルを繋げたいけれど離したい、離したいけれど繋げたいと探っていたようです。《仮面舞踏会》はいわば、作曲家の葛藤の産物なのです」
 なるほど。“もがいた時期”だからこそ個性豊かな2つのオペラ。では、マエストロの取り組み方はいかに?
「《トスカ》はヴェリズモ(真実主義)と呼ばれがちですし、指揮者もつい力を込めますね。でも私は20世紀の開始を告げるオペラと捉えています。非常に映画的なオペラなので、大げさなくらいに表現の幅を広げるとメリハリがつくと思われがちです。でも自分が振る際は、水準線から上下に針が振れるその“振れ幅”を狭めて、基本ラインの近くで波打つような表現を採りたいです。誇張的な表現はやり易いですが効果は局部的になりがち。一瞬は鋭くても全体的な緊張感は失われます。ストーリーを雄弁に語り続けるためには、表現の幅を絞った中で感情の連動をこしらえたいのです」
 やり過ぎると隙間風も吹きかねないということ?
「まさにその通り!上演回数の多いオペラですが、奥深い境地に達する舞台はそう多くありません。抑えた境地でも心揺さぶられるような《トスカ》の本質を皆様に再発見してもらいたいです」
 では《仮面舞踏会》を。アリアも名曲揃いだが、声種もたくさん出て来るし、オペレッタ的なアンサンブルや悲喜こもごもの5重唱など“合わせもの”の面白さも目白押し。
「本当にそうです!この時期のヴェルディは、“綺麗な音楽”よりも“場面を見せる音楽”を作らねばと考えて、憑かれたかのように“演劇的に機能する曲作り”に励みました。その突破口が《仮面舞踏会》の多種多様なアンサンブルでしょう。名アリアはいくつもありますが、どれも飾りではなくドラマの骨格の一部です。アメーリアが子供に会わせてと夫にすがる曲でも、彼女が歌い終わるとレナートが即座に口を開くので、まるで客席に拍手させたくないかのようです。色とりどりの歌の宝石を客席が一つずつ鑑賞するような前時代の作品とは違って、《仮面舞踏会》は、見どころ&聴きどころが一つの枠にはめ込まれた王冠のように、どこから見てもキラキラと輝いています。今回のマリアーニ演出は、衣裳デザインは近代的でも台本やコンセプトを覆すことはなく、舞踏会シーンも非常に見ごたえあります!」
 トリノ歌劇場の今の“勢い”も日本のファンに届けたい。
「良いものを造ろうという心意気がある劇場です。みな責任感が非常に強く、どの演目も大切に上演します。劇場が徐々に前進する中で、その歴史に自分たちも関わっていると自負しているからです。今のトリノ歌劇場は、スタッフ全員が互いに作用し合いながら成長してきた“古くて新しい”集合体なのです。日本公演に是非ご期待下さい」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2013年3月号から)

■トリノ王立歌劇場来日公演

《トスカ》(プッチーニ)
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
管弦楽・合唱:トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団
演出:ジャン・ルイ・グリンダ
出演:ノルマ・ファンティーニ(トスカ)(11/29、12/2)、パトリシア・ラセット(トスカ)(12/5、12/8)、マルセロ・アルバレス(カヴァラドッシ)(全日)、ラド・アタネリ(スカルピア)(全日)
日程:11月29日(金)・18:30、12月2日(月)・15:00、
12月5日(木)・18:30、12月8日(日)・15:00
会場:東京文化会館

《仮面舞踏会》(ヴェルディ)
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
管弦楽・合唱:トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団
演出:ロレンツォ・マリアーニ
出演:オクサナ・ディカ(アメーリア)、ラモン・ヴァルガス(リッカルド)、ガブリエーレ・ヴィヴィアーニ(レナート)、マリアンネ・コルネッティ(ウルリカ)、市原 愛(オスカル)
日程:12月1日(日)・15:00、12月4日(水)・18:30、12月7日(土)・15:00
会場:東京文化会館

特別コンサート
「レクイエム」(ヴェルディ)
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
管弦楽・合唱:トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団
独唱:バルバラ・フリットリ(ソプラノ)、ダニエラ・バルチェッローナ(メゾ・ソプラノ)、ピエロ・プレッティ(テノール)、ミルコ・パラッツィ(バス)
日程:11月30日(土)・14:00 会場:サントリーホール

問: ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040 http://www.japanarts.co.jp
ローソンチケット0570-000-407 http://l-tike.com/torino2013
テレビ東京チケット事務局03-3435-7000

■関連記事
ぴっくあっぷインタビュー 市原 愛(ソプラノ)
TipTop トリノ王立歌劇場
特集 トリノ王立歌劇場、いよいよ来日迫る!