ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ

作曲家としても演奏家としても、理想を求める姿勢は美の探求そのもの

(c) Carole Bellaiche

2007年の日本デビュー・リサイタルから6年。2009年に続いて3度目となるリサイタルが11月6日に東京オペラシティで開かれる。今年は5月にも《ラ・フォル・ジュルネ》音楽祭出演のために来日し、ラヴェル、フランク、そして苛烈なエネルギーを放つ自作品(音楽祭の委嘱による室内楽)も披露した。小規模な会場でその弾き姿を目の当たりにすると、驚くほど変幻自在に動き回る指のフォームに釘付けになる。ときに指全体が鉤爪のように歪曲し、ときに鍵盤と平行になるくらいに伸び切る。視覚で捕らえたそのフォームは、そっくりそのまま音として出現し、わたしたちの聴覚を刺激する。
「さまざまな音の響きをテクニカルに生み出すためには、フォームに拘りはありません。ベースとして指を丸くして演奏するという教育的な考えには賛成ですが、研究していくうちに様々なフォームを開拓してきました。ホロヴィッツの指は裏返ったり横向きになっているのではないかというくらい、自由な動きをしていましたよね」
往年のヴィルトゥオーゾを彷彿とさせる26歳は、4年前より母校であるパリ音楽院で後進の指導にもあたり、作曲家としての活動にも力を入れるコンポーザー・ピアニストである。そんな彼が今年のソロ・リサイタルで聴かせてくれるのは、バッハ、ショパン、リスト、ラヴェルの作品によるプログラムだ。「もともとバッハ、ショパン、ラヴェルを3本柱として構想しました。この並びでバッハが入っているのは意外でしょうか? 実は、子どもの頃オルガンをよく弾いていたのでバッハにとても親しみがあり、僕自身がプログラミングする時には必ずと言っていいほど彼の作品を入れます。バッハは少なからずショパンにも影響を与えていると思います。もっともショパンはポーランド出身で20代からはパリで未来を切り開いた人なので、彼の感受性はフランスで作られたものでしょうけれど」
リスト作品は、村上春樹の小説で話題となったばかりの「巡礼の年第1年『スイス』」から第8曲「郷愁」を取り上げる。小説ではベルマンやブレンデルの録音について言及されているが、ヌーブルジェはどのような解釈のもとに、この文学的な香りの漂う小品を聴かせてくれるのだろうか。
リスト作品は、リサイタルに先立つサントリーホールのコンサートでもパーヴォ・ヤルヴィ指揮、パリ管弦楽団と共にピアノ協奏曲第2番を演奏する。
「パリ管とはこれまでにも様々な形で共演してきました。ラヴェル、シューマン、それにフィリップ・マヌリの現代作品なども。今年の4月にはメンデルスゾーンの『2台のピアノのための協奏曲』を演奏しました。今回はパーヴォ・ヤルヴィさんと初めて共演できるのが楽しみです。彼の演奏は客席でもよく聴いてきました。彼のラフマニノフやプロコフィエフなどは素晴らしいですね。レパートリーが幅広くて、ベートーヴェンやハイドンといった古典派の演奏も素敵です。今回彼と演奏できることはとても光栄です。
リストの協奏曲第2番は、何度となく演奏してきているので僕にとっては慣れ親しんだ作品です。詩的で、弾くたびに新鮮で、不思議な力を湛えています。20分ほどの比較的コンパクトな作品ですが、オーケストレーションやハーモニーが豊かで、ワーグナーの世界にも通じています。イ長調の明るい響きがなんと素晴らしいことか! 演奏していると、室内楽的な気持の良さも味わうことができます」
「巡礼の年」も協奏曲第2番も、リストが年月を経て手を入れたり、改訂を繰り返した作品だ。作曲家としての顔も持つヌーブルジェは、作品を練り直すという姿勢をどう捕らえているのだろうか。
「作曲家としても演奏家としても、理想を求める姿勢は美の探求そのものです。ですからリストが改訂を繰り返したという点には、とても共感を覚えます。ブラームスもピアノ五重奏曲などは何度も改訂したと言われています。作り手なら誰でもパーフェクションを求めるのは当然でしょう。もっとも僕自身は作曲を始めてさほど長くはないので、自分の作品を改訂するとしても、ほんの1年か2年前の作品になりますけれど(笑)」
日本のホールのピアノは調律が行き届いており、世界的に見ても楽器の状態はベストだと語るヌーブルジェ。才気あふれる瑞々しい音楽性とテクニックとを、この秋も遺憾なく発揮してほしい。

取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2013年10月号から)

【リサイタル】
★11月6日(水)19:00・東京オペラシティコンサートホール
チケット:ローチケLコード39206

【パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)パリ管弦楽団との共演】
★11月5日(火)19:00・サントリーホール
チケット:ローチケLコード38964

問:カジモト・イープラス0570-06-9960
http://www.kajimotoeplus.com
他公演(パリ管との共演のみ)
11/2(土) 15:00・京都コンサートホール(075-711-3090)
11/3(日) 15:00・兵庫県立芸術文化センター(0798-68-0255)
チケット:ローチケLコード58478
11/4(月・休) 15:00・東京文化会館(都民劇場03-3572-4311)
チケット:ローチケLコード32316
11/7(木) 19:00・横浜みなとみらいホール(045-682-2000)
チケット:ローチケLコード37911
11/8(金) 19:00・ハーモニーホールふくい(0776-38-8282)
11/9(土) 19:00・倉敷市民会館(くらしきコンサート086-422-2140)
チケット:ローチケLコード66124
※11/3,11/4公演のみ「ラヴェル:左手のための協奏曲」。
他は「リスト:ピアノ協奏曲第2番」。