安達朋博(ピアノ)

これこそがクロアチアの響きです

クロアチア音楽の紹介に熱意を注ぐ若手美形ピアニスト、安達朋博が東京と大阪でリサイタルを開く。ヨーロッパ音楽の主要な国々に比べるとなじみの薄いクロアチアに、高校卒業後2002年から6年間留学した。
「エフゲニー・ザラフィアンツ先生に習いたい一心で、先生のいるクロアチアに行きました。独立から10年以上経って治安もよかったのですが、親は生活の不自由さを心配して、洗濯板を持っていきなさいと騒いでいました」
首都ザグレブではなく、西部のイストリア半島に近いリエカという町にある私立のミルコヴィッチ音楽院でザラフィアンツに師事。ところが。
「在学2年のとき、諸事情で大学が閉校になってしまって…」
国立ザグレブ大学の音楽アカデミーに編入すると同時に、日本大使館員を伴って学長に直談判、師ザラフィアンツも迎えさせたというからたくましい。
師のもとで学んだのは、ロシアものを中心に、いわゆる西洋のクラシック音楽。クロアチア音楽は自力で開拓した。
「実は地元でもあまり演奏されていないのです。まず楽譜を買い集めることから始めたのですが、音源すらない作品ばかりで、ワクワクしながら勉強しました」
今回演奏するクロアチア音楽は、没後90年の女性作曲家ドラ・ペヤチェヴィッチ(1885〜1923)、生誕110年のボジダル・クンツ(1903〜1964)、そして現職クロアチア大統領イヴォ・ヨシポヴィッチ(1957〜)の作品。
「ペヤチェヴィッチは、彼女の出現でクロアチアの音楽史が変わったとさえ言われる、ヨーロッパで名を知られた最初のクロアチア人作曲家。それを受け継いだのがクンツで、この2人は近代クロアチア音楽史で特に重要な存在です。ヨシポヴィッチは『ガラス玉遊戯』という現代曲を弾きます。ヘルマン・ヘッセの同名小説に登場する未来の架空の遊びに由来する、音楽を独自に記号化した試みです」
プログラムにはブラームスとラフマニノフのソナタ(それぞれ第2番)も並ぶ。
「クロアチアの音楽だから弾いていると思われたくない。普通に選曲したらこうなる、有名曲に肩を並べる素晴らしい音楽なのですよ、と証明したい気持ちもありまして」
そのラフマニノフのソナタ第2番は改訂版での演奏。理由を尋ねると、「こちらのほうが簡単なので」と笑ったあとで、「原典版も魅力的なのですが、やはり作曲者が最終的に選んだ音を弾くべきだと思うのです」と教えてくれた。そんな若者らしい悪戯っぽさと理知的な思考が同居しているのも彼の魅力だろう。要注目。彼の名前は憶えておいたほうがいい。

取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2013年9月号から)

★9月13日(金)・大阪/エルセラーンホール
問:ミュージック・アート・ステーション 06-6836-7067
★9月17日(火)・杉並公会堂
問:プラネット・ワイ 03-5988-9316