上岡敏之(指揮)

深化と進化を加えながら迎える3年目のシーズン


 上岡敏之は、9月に新日本フィルの音楽監督として3年目のシーズンを迎える。就任後2年、彼は手応えを感じつつある。
「一つひとつ地道な作業を続けていくことで、深化と進化が無理なく進み、楽員との距離が縮まってきました。最も力を注いだのは、虚心に帰って楽譜を読むこと。日本独特の演奏習慣をゼロにするのは大変ですが、楽員もオープンに応えてくれるので、少しずつ成就しています。サウンド面に関しても、ヨーロッパ人がもつ和声感や音楽自体の起承転結に即した音に徐々に近づき、違和感のない音楽ができるようになってきました」
 以前の名曲シリーズ「新・クラシックへの扉」を定期演奏会〈ルビー〉に組み込んだのも上岡体制の特徴だ。
「多忙なオーケストラとはいえ、『新世界』を1日練習して本番といった状況は避けたい。そこでせめて定期は3日間きっちり練習し、そのときは音楽だけを考えて欲しいなと。またルビーは、通常の定期と遜色ない内容にしながら料金を抑えました。そして知られていない曲も入れ、先入観を持たない若い聴衆や後半半額券利用者の増加を図っています。さらには、通常の定期(トパーズ、ジェイド)にも有名な曲を多く入れ、3つの定期を名曲シリーズとしても聴ける上に、新たな曲を知るお得感を持っていただけるようなプログラムを組んでいます」
 従って新シーズンも「全体の色はグレー。しかし個々の演奏会に違う色があり、細かい意味が込められている」と語る。
 上岡が振るのは8プログラム。まず〈トパーズ〉は、開幕9月の「R.シュトラウス・プロ」で「ドン・ファン」「ティル」「死と変容」など、19年3月の捻りが効いた「フランス・プロ」でモーツァルトの「パリ」交響曲やマニャールの交響曲第4番等を披露し、最後に「リクエスト・コンサート」(19年7月)がある。
「初共演と就任記念がR.シュトラウスだったので思い入れもありますが、日本のオケが苦手だと思うシュトラウスで、和声感やフレージング、ストーリー性の表現にチャレンジしたい。交響詩としてのドラマ性を表すのは、こうした小さな曲の方が難しいと思います。マニャールの交響曲はいい曲ですよ。あえて言えばマスネの組曲に似ています」
 〈ジェイド〉は、10月のブルックナーの交響曲第9番と「テ・デウム」、19年3月のマーラー「復活」、5月の「ワーグナー・アーベント」と“大もの”が並ぶ。
「ブルックナーは9番で第4楽章も書きたかったと思いますので、今回はベートーヴェンの『第九』も意識して、『テ・デウム』を続けます。『復活』は第4楽章が素敵で、最後は華やか。若きマーラーの意志がすべて入った曲で、裏の意味も色々と含まれている気がします」
 ワーグナー・プロは曲目未定だが、ドイツの歌劇場の総監督を長年務めた上岡の真価発揮に相応しい。そして〈ルビー〉は、上岡のアプローチが興味深い10月の「ベートーヴェン・プロ」、19年1月の「イタリア 間奏・序曲集」とブラームスのヴィオラ・ソナタ第1番のベリオ編。後者のソロを弾く同団首席奏者・篠﨑友美をはじめ、楽員のソリスト起用にも積極的だ。
「新日本フィルの首席奏者がソロもできるのをプレゼンテーションしたい。いつも一緒に音楽を作っているプレイヤーと演奏すると、コンチェルトも充実したものになります。また木管の二人も協奏曲を吹きますが、木管は2番奏者を含めてかなりハイレベルだと思います」
 客演陣も、シナイスキー、ヘレヴェッヘ、トルトゥリエ、ハーガー、ド・ビリーその他、著名指揮者が多数並んでいる。
「外国人指揮者は、まずきちんと仕事をし、“自分のために”音楽をしない人、さらにはシェフやオペラの経験がある人を選んでいます。またBBCシンガーズの女性指揮者ソフィ・イェアンニンを呼んで、歌というものを伝えて欲しいと考えました。全体に声楽付きの作品が多いのは、いずれオペラをやるための積み重ねの意味を含んでいます」
 すみだトリフォニーホールが1年の半分を同楽団のリハーサルと本番に提供している協力体制も「発展できる環境」だし、「任期中には《ヘンゼルとグレーテル》を舞台上演し、墨田区の子どもたちに歌わせたい」とも語る上岡。その創意溢れる挑戦に、なおいっそう注目していきたい。
取材・文:柴田克彦 写真:武藤 章
(ぶらあぼ2018年9月号より)

【Profile】
東京藝大でマルティン・メルツァーに指揮を師事し、作曲、ピアノ、ヴァイオリンも並行して学ぶ。後に、ロータリー国際奨学生としてハンブルク音楽大学に留学し、クラウスペーター・ザイベルに指揮を師事。キール市立劇場ソロ・コレペティトール及びカペルマイスターとして歌劇場でのキャリアを開始。ヘッセン州立歌劇場音楽総監督、北西ドイツ・フィル首席指揮者、ザールランド州立歌劇場音楽総監督、ヴッパータール市立歌劇場インテンダント兼音楽総監督等を歴任。2016年9月より新日本フィル第4代音楽監督。コペンハーゲン・フィル首席指揮者、ザールブリュッケン音楽大学指揮科正教授も務める。14年第13回齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。

【Information】
新日本フィルハーモニー交響楽団 2018/19シーズン 定期演奏会

トパーズ 〈トリフォニー・シリーズ〉 すみだトリフォニーホール
ジェイド 〈サントリーホール・シリーズ〉 サントリーホール
ルビー 〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉 すみだトリフォニーホール
特別演奏会 サファイア 〈横浜みなとみらいシリーズ〉 横浜みなとみらいホール

問:新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815 
http://www.njp.or.jp/ 
※2018/19シーズンの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。