井上道義が語る、バーンスタイン

 横浜みなとみらいホールの開館20周年を記念して、井上道義指揮「バーンスタイン生誕100周年記念演奏会」がひらかれる。20世紀後半を代表する指揮者の一人として一世を風靡したレナード・バーンスタイン(1918〜1990)が、作曲家としてどれだけ多彩で魅力的な作品を残したかを知るコンサートとなるに違いない。
(取材・文 山田治生 写真:M.Terashi/TokyoMDE
舞台写真:M.Terashi/TokyoMDE(1、3、4、6、7)/撮影:森口ミツル 提供:朝日新聞文化財団(2、5、8)
以上、第55回大阪国際フェスティバル2017 バーンスタイン「ミサ」(2017.7.14,15 フェスティバルホール)より)

 井上道義は昨年7月、大阪国際フェスティバルでのバーンスタイン「ミサ」全曲の指揮&演出を手掛けた。日本では23年ぶりの、井上にとって2度目の全曲上演だった。カトリックのミサ典礼文にバーンスタイン自身が書いた英語の台本を付け加えた大作「ミサ」は、1971年にワシントンのケネディ・センターのこけら落としのために書かれた。クラシック音楽だけでなくポピュラー音楽も取り入れた、バーンスタイン最大の傑作にして問題作である。

「バーンスタインは、キリスト教を疑い、政治権力を疑い、自分自身の権力も疑っていました。僕は少しだけですがタングルウッドで彼に学び、彼の存在の強さを目の当たりにしました。彼は、本当はマーラーのような作曲家になりたかったのに、周りが許してくれなかった。それで彼はいつも悩んでイライラしていました」

 井上は、昨年の公演を通じて、「『ミサ』は明らかに彼の一番の作品であり、本当に代表作である」ことを確信した。だから、今回の記念演奏会の最後に「ミサ」のハイライト(名曲<シンプル・ソング>や大詰めのシーンなど)を取り上げることにした。
「『ミサ』の最後の合唱の部分は、初めて聴いただけでも、素晴らしいと感じるでしょう。バーンスタインが本物の宗教音楽を書いたことがわかります。彼は、ただの人気者ではなく、作曲家として天才だったのです」

[1] ■第1曲:「シンプル・ソング」より
大山大輔

[2] 第17曲「シークレット・ソング」より

 井上が精力を傾けた昨年の公演で主役の司祭を歌った大山大輔が、今回も同役を歌う。そのほか、鷲尾麻衣、小川里美、森山京子、古橋郷平、又吉秀樹、ジョン・ハオに、ボーイ・ソプラノの込山直樹らも、昨年の全曲上演に引き続き出演する。大阪での名演の再現が期待される。
(編集部註:本公演は演奏会形式での上演となります)

[3] 第9曲「神は言われた」より
古橋郷平

[4] 第9曲「神は言われた」より

[5] 第9曲「神は言われた」より

[6] 第16曲「すべて壊れる」

[7] 第17曲「シークレット・ソング」より
込山直樹(ボーイソプラノ)

 この記念演奏会は、独奏フルートが活躍する「ハリル」で始まる。73年の第4次中東戦争で亡くなったイスラエルの若いフルート奏者を悼んで書かれた作品。81年の世界初演ではジャン=ピエール・ランパルがフルート・ソロを担った。今回の独奏はランパルの弟子である工藤重典が務める。
「工藤さんがやるべきだと思いました。『ミサ』の一番いいところのフルートのソロも暗譜で吹いてもらいます(笑)」

 ヴァイオリン協奏曲的な「セレナード」では、井上が信頼を寄せる若き名手、山根一仁が独奏を務める。プラトンの「饗宴」にインスピレーションを受けて54年に書かれた「セレナード」は、バーンスタインの作曲した作品のなかでも最も頻繁に演奏される、いまや彼の“古典的”作品と言ってもよいものだ。
「山根君との『セレナード』はきっとゴキゲンですよ。彼が14、5歳のときから共演しています。伊福部昭さんのあの難しいヴァイオリン・コンチェルトも素晴らしく演奏してくれました。僕は、以前、横浜の別のホール(神奈川県立音楽堂)の『上り坂コンサート』で横浜出身の若い人たちを紹介していましたが、今回もそういう若者の活躍できる場が作れるのがうれしいです」

 オーデンの同名の詩を基に49年に書き上げられた交響曲第2番「不安の時代」では、独奏ピアノが重要な役割を演じる。今回は福間洸太朗が務める。
「『不安の時代』は何度もやりました。小曽根真さんやファジル・サイと。福間君は初めて共演しますが、良いピアニストだときいています」

 ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』からは「シンフォニック・ダンス」と「トゥナイト」が演奏される。「シンフォニック・ダンス」は『ウエスト・サイド・ストーリー』からの音楽を演奏会用管弦楽曲にまとめたもの。
「『ウエスト・サイド・ストーリー』は15歳のとき、映画館で見て、入り込んで、夢中になった。ミュージカルでもこんなことができるのかと思いましたね。3回も見た映画は『ウエスト・サイド・ストーリー』のほかにはありません(笑)。『シンフォニック・ダンス』はカッコいい曲。でも、バーンスタインは、自分が『ウエスト・サイド・ストーリー』で一番知られているのが嫌だった」

 共演の神奈川フィルは、この4月に常任指揮者・川瀬賢太郎の指揮で、『ウエスト・サイド・ストーリー』のシンフォニック・ダンスを含む、オール・バーンスタイン・プログラムを演奏したばかり。その演奏会との聴き比べも一興だろう。

 井上は今回の横浜みなとみらい開館20周年記念演奏会についてこう述べる。
「横浜は多様性の街。子どもの頃に父母に連れられてお買い物に来て舶来品を買ったりした。外国に通じる多様性や異文化のある街として憧れを持っていたし、それはクラシック音楽に対する憧れとつながっていました。多様性の象徴である港街にある横浜みなとみらいホールで、バーンスタインの多面的な音楽を演奏できるのはうれしい。世界に目を向ける人には、バーンスタインのあまり知られていない作品も聴いてほしい。何か発見があるから」

[8] カーテンコールより

公演ポスター前にて

■横浜みなとみらいホール開館20周年
井上道義指揮 バーンスタイン生誕100周年記念演奏会
2018年5月26日(土)14:00横浜みなとみらいホール大ホール

●出演
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

福間洸太朗(ピアノ)
山根一仁(ヴァイオリン)
工藤重典(フルート)
鷲尾麻衣(ソプラノ)
大山大輔(バリトン)
込山直樹(ボーイソプラノ)
小川里美(ソプラノ)
藤井玲南(ソプラノ)
森山京子(メゾ・ソプラノ)
古橋郷平(テノール)
宮里直樹(テノール)
又吉秀樹(テノール)
籔内俊弥(バリトン)
ヴィタリ・ユシュマノフ(バリトン)
ジョン・ハオ(バス)

東響コーラス(合唱)

●プログラム
バーンスタイン(1918年8月25日 – 1990年10月14日)

「ハリル」(独奏フルート、弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン)
フルート:工藤重典

「セレナード」(ヴァイオリンと弦楽合奏、打楽器とハープ)プラトン「饗宴」に基づく
ヴァイオリン:山根一仁

交響曲第2番「不安の時代」(ピアノと管弦楽のための)
ピアノ:福間洸太朗

ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」より
「シンフォニック・ダンス」
「トゥナイト」
ソプラノ:鷲尾麻衣
テノール:古橋郷平

シアターピース「ミサ」より
第1曲より「シンプル・ソング」
第9曲「神は言われた」
第16曲「すべて壊れる」より
第17曲「シークレット・ソング」
(編集部註:本公演は演奏会形式での上演となります)
●全席指定
1階・2階正面席:8,000円
2階バルコニー:6,000円
3階席:4,000円

問:横浜みなとみらいホールチケットセンター:045-682-2000
http://www.yaf.or.jp/mmh/