チョン・ミョンフン(指揮)

東京フィルは、私にとって“日本の家族”です


 世界的指揮者チョン・ミョンフンが東京フィルのポストに就いて早17年。いまやその関係は成熟の域に入ったと言っていい。
「時間の経過は大切なこと。私は歳をとるのを喜んでいます。なぜなら色々な意味が深まってくるからです。私と東京フィルはそういう間柄だと思います。最初の共演で知り合い、関係が深まるにつれて友達から良い友達、親友になり、最終的には家族になる。こうした意味深い関係を長く続けてきた東京フィルを私は“日本の家族”と呼んでいます。最初から彼らのスピリットを好ましく感じていましたが、さらには活気があってオープンなマインドを持っていると感じるようになりました。これはコンサートのみならずツアーや食事をする中でわかってくるもの。今は聴衆の皆さんがそうした私たちの親密さを感じてくださればいいなと思っています」
 2018/19年シーズンは、定期演奏会に3回登場。最初は開幕の5月にベートーヴェンの歌劇《フィデリオ》(演奏会形式)を指揮する。
「オペラの中には、音楽を主体とした演奏会形式で上演する方が良い作品がいくつかあります。《フィデリオ》は、様々な意味でその最良の例のひとつ。この作品の演奏は意義深いチャレンジです。また人間としての強いメッセージがそこにあるという意味では、『第九』交響曲にも似ています」
 彼は、『レオノーレ』序曲第3番を重視している。
「《フィデリオ》の深遠な音楽の魂は、『レオノーレ』序曲第3番に集約されています。ですから今回は《フィデリオ》序曲ではなく、その前に作曲された『レオノーレ』序曲第3番に立ち返ろうと思っています。それに通常の上演では『レオノーレ』序曲が第2幕のフィナーレの前にしばしば挿入されますが、私にはその意味がわかりません。まず全体の核心が込められた『レオノーレ』序曲が最初にあって、軽い曲が続いた後、本当のドラマに入っていく。そして第2幕のフロレスタンのアリアが始まると、『レオノーレ』序曲に込められていたものがわかる…といった流れが正しいと考えています」
 「第九」交響曲に通じる全体のフィナーレ以外にも、魅力的な場面は数多い。
「《フィデリオ》は音楽的な充足感をももたらす作品です。第1幕の短くも美しい二重唱、レオノーレのアリア、囚人たちの合唱、オーケストラの導入を含めて本作の中で最もドラマティックな第2幕のフロレスタンのアリアなど、聴きどころは多々あります」
 東京フィルの豊富なオペラ経験も重要な要素だという。
「オペラを演奏することは、純粋な管弦楽作品を演奏する際にも非常に役に立ちます。例えばウィーン・フィルがそうです。ベルリン・フィルの方が機能面では上かもしれませんが、歌劇場で演奏しているウィーン・フィルの音の方が柔軟で人間らしい。東京フィルも然りです」
 10月には、ブラームスのヴァイオリン協奏曲で、姉であるヴァイオリンのカリスマ奏者チョン・キョンファとの共演が実現する。日本では17年ぶりにして国内オケでは初の共演だ。
「私は彼女ほど音楽に情熱をもった人間に出会ったことがありません。アジアのヴァイオリン・ソリストの草分けでありながら、その後も彼女のような奏者は現れていません。上手な人はたくさんいても、音楽性とパッションという意味で彼女に近づいた人は全くいないと思っています。私はあらゆるヴァイオリン協奏曲の譜面を他のどの指揮者よりもわかっています。それは若い頃からピアノやオーケストラで姉の伴奏をする際、姉の高い要求に応えるために、もの凄く勉強したからです。今回のブラームスの協奏曲はオーケストラも重要ですが、私はソロの一音一音が聴こえるように演奏します」
 19年2月には、マーラーの交響曲第9番を披露する。近年の当コンビによる第5番や第2番「復活」の一段高い境地に達した名演からも期待は大きい。
「この曲で明確なのは、人生が終わりにきているということ。第1楽章の最初から心臓の鼓動が弱々しく刻まれ、ヴァイオリンのフレーズが『さようなら』と言っています。その後、人生の色々な部分を顧みますが、最後は空っぽになります。しかし素晴らしいのは、身体的な問題を抱えていたマーラーが、熾烈な感情やスピリチュアルな部分を音楽で表現できたことですね」
 彼が振る公演は、すべてスペシャルな内容。どれもが必聴であるのは言うまでもない。
取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ2018年4月号より)

東京フィルハーモニー交響楽団2018/19シーズン
チョン・ミョンフン(指揮)定期演奏会

◎ベートーヴェン:歌劇《フィデリオ》(演奏会形式)
2018.5/6(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール
5/8(火)19:00 サントリーホール
5/10(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

◎チョン・キョンファ(ヴァイオリン)との共演
2018.10/4(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
10/5(金)19:00 サントリーホール

◎マーラー:交響曲第9番
2019.2/15(金)19:00 サントリーホール
2019.2/17(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール
2018.2/20(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

問:東京フィルチケットサービス03-5353-9522
※各公演やセット券など、東京フィルハーモニー交響楽団2018/19シーズンの詳細は下記ウェブサイトをご参照ください。
http://www.tpo.or.jp/