藤村実穂子(メゾソプラノ)

世界的メゾソプラノが音楽に対峙する日々を語る

C)Edd Royal & Greg Gagol

 「“これだけは外せない”というものは、一切ありません。“これは断つ”がほとんどです」。バイロイト音楽祭をはじめ、ヨーロッパの檜舞台で活躍してきた世界的メゾソプラノ、藤村実穂子に、歌う上での“こだわり”を尋ねると、こんな答えが返ってきた。ストイックかつ真摯に音楽に対峙する日々。日本での「リーダーアーベントⅤ」は、そんな彼女の生きざまを投影するステージだ。
「日本でのドイツ歌曲の夕べは、ツアー形式になって5度目。2回目からは、東日本大震災の被災者の方々に捧げてきました。2016年1月、同じ思いを持つ細川俊夫さんの作曲、平田オリザさんのテキストによるオペラ《海、静かな海》の、ハンブルク歌劇場での世界初演に参加して、私なりの想いに一つの句点が打たれました。そこで、過去に歌った曲をもう一度取り上げ、“これから”を願いながら、歌いたいと…」

マーラー、シューベルトへの想い

 今回、軸となるのは、マーラーの佳品。
「ウィーン国立歌劇場への客演を始めて17年、マーラーが生きた場を目にするたび、『苦悩の人生だったろうな』との思いにとらわれます。『角笛』などは一聴、楽しく思えて、歌詞の裏にはおどろおどろしいものもある。マーラーは苦悩の中、こういう曲を創ることで、何とか精神を保っていたのでしょう」
 さらに、シューベルトとブラームスの傑作を配する。
「シューベルトは僅か31年の人生にあって、歌曲だけでも600曲。特に、彼はゲーテを完全に理解していたと思います。R.シュトラウスのような華麗さはないし、いわゆるオールドファッションで、今どき流行らないのですが、誠実さ故の美しさを尊敬し、愛おしく感じています」と思いをほとばしらせる。
 ピアノのヴォルフラム・リーガーとは、30年近い共演歴。
「何も言わなくても通じる、の一言。日本語を話したり、漢字も少し出来て、時々書き順を訊いてきたり…。舞台上はもちろん、舞台裏でも気のおけない人物だということは本当に大切。彼が居るからこそ、こうして何度も歌曲の夕べが出来ると、心から感謝しています」
 音楽の道に進んだきっかけを聞くと、「ある雨の降る日、突然悟った…と言えると格好いいのですが…。幼い頃から歌が大好きで、振り返るとこんなことに。留学したのも、ヨーロッパで自分が『なんぼのもん』か知りたくて、ダメなら帰ればいいと思っていました。どこかに『こっちでっせー』と言ってくれる糸が、あった気がします」。

人を傷つけないように生きること

 “日本人初”との言葉を何度も冠された裏側には、様々な苦労も。
「オペラはヨーロッパの文化で、そこにアジア人がいれば、あら探しする心理が働くのは当然。ピリピリと肌で感じる、日常の現実です。それに対する最善の答えとは、クオリティ。恥ずかしくないように、私は自分の歌をうたっていたいな、と。自分にされて嫌なことを、他人にしない。なるべく人を傷つけないように生きるのは、命をいただいて学ぶことの一つかなと思っています」
 かたや、「歌うことが叫ぶことになりつつある」と憂う。
「ただCDなどを真似て“うた”と称しても、それはインスタント・コピーにすぎないのです。歌っている役柄がオペラのどんな場面でどういう状況に置かれ、どういう心理でいるのか判っていないのはどうかな、と。自分に注目を集めるために何でもするのは発表会で、音楽会ではない気がするのです。私の目指す音楽は『私の声大きいでしょ、ね、ね?』の対角線上にあるので、ついそう思うのかもしれませんが…」
取材・文:寺西 肇
(ぶらあぼ2018年2月号より)

藤村実穂子 リーダーアーベントⅤ 
2018.2/28(水)19:00 紀尾井ホール
問:紀尾井ホールチケットセンター03-3237-0061 
http://www.kioi-hall.or.jp/

他公演
2018.2/15(木)札幌コンサートホールKitara(小)
2018.2/18(日)岐阜/サラマンカホール
2018.2/20(火)大阪/いずみホール
2018.2/22(木)神奈川/フィリアホール
2018.2/25(日)水戸芸術館
2018.3/3(土)所沢市民文化センターミューズ マーキーホール
総合問:ヒラサ・オフィス03-5429-2399 
http://www.hirasaoffice06.com/