近江楽堂という場所でひびく、シャリーノとフルート

若林かをり フルーティッシモ!《vol.5》

若林 かをり
Photo:M.Terashi/TokyoMDE

ファンタジーがある、と若林かをりは言う。生きているこの人生の時間を費やして練習していきたい作品、とも。
フルーティストが全5回シリーズでおこなうソロ・リサイタル、最後の2回はシャリーノの作品で占められている。近江楽堂で10月におこなわれる第5回はその最終章。
これだけたくさんのコンサートがおこなわれている現在、誤解でもいいから説得力をもって曲を紹介し、ひとりでも一種の「どきどき感」を共有してくれるような音楽が奏でられたら・・・。そうして組まれたプログラムにシャリーノがある。

サルヴァトーレ・シャリーノ、1947年生まれのイタリアの作曲家。今年で70歳になるから、それを言祝ぐニュアンスも含んで。
ほんとうは全曲を1日でやろうと考えたこともある。だが、現代の作品を1日、2時間ちかく、演奏するのも聴くのも疲労する。互いに集中力を持続するのも難しい。そこで2回に分けて、となった。

シャリーノの作品、いわば「特殊奏法」のオンパレードである。通常の奏法がでてくるほうが少ない、ともいえようか。楽譜をみても、どんな音が要求されているのか、どんな音がするのか、想像するのも困難だ。だが、その音、音たちはただ珍しい音、楽音ではないノイズではない。耳にして不快になる音ではない。むしろ、どこかで聞いたことのある、どこかなつかしい音だったり、あ、あれは、と身近にある音だったりする。人が生活しているなか、この地球で、空気があり風が吹き、水がしたたり、ながれ、といったときに生じる音、が記憶から呼び覚まされる。そもそも音とは、空気が振動する、空気が何かにぶつかる、それによって発されるものではなかったか。そうした作品に、若林かをりは「物語」を感じる、「物語」を読んでいくことができる。先に引いた「ファンタジー」の同義として。

譜面にあるのは「フルート」という楽器をとおして発せられる「楽音」ではない。むしろ、書いてあることそのものが自然の音、現実界にある音とつながっている。五線紙に書いてあり、こまかい指示がある。それだけみるととてもメカニックだ。それでいて自然のなつかしさが喚起される。そんな「ファンタジー」。むしろシャリーノの作品には「音楽を超えた領域」にふれている。

フルーティッシモ!《vol.4》より
Photo:M.Terashi/TokyoMDE

このフルーティストはつづける。
現実にはありえないような、旧来の意味でのメロディーとかに支配されないところに魅力を感じる。楽譜があり、タイトルがついている。シャリーノは歴史的なものにつよく関心を抱いているから、そのタイトルなどの背後に、過去の文学や美術などの芸術、哲学や歴史を自分なりに読みこんでみる。自分の妄想が勝手にストーリーを織ってゆく夢の世界。

フランスに留学しているあいだに、多くのすばらしい才能に、演奏に、ふれてきた。そうした経験のあとで自分に何ができるか。「ふつう」の楽曲をならべて「リサイタル」なんてできるんだろうか。そもそも「リサイタル」という形態がはたしていま可能なんだろうか。そんなおもいのなかで、計画したのがフルート1本でのリサイタル。およそ1時間で集中力が途切れない、そして、音響が良く、聴く人たちの存在が感じられるような「場所」に助けてもらう——。

「フルーティッシモ!」はとりあえずこの10月21日、第5回の公演を終えたなら、次なる企画にむけ、すこし充電する予定だという。近江楽堂という東京でもめずらしい空間でシャリーノの、若林かをりの奏でる音・音楽に浸ることができる機会、まずは足をはこび、音を、空間を、体感してみるのは如何か。
文:小沼純一

■若林かをり フルーティッシモ!《vol.5》
2017年10月21日(土)11:00(10:40〜プレトークあり。終演予定:12:00)
近江楽堂(東京オペラシティ3階)

《出演》プレトーク:小沼純一
フルート:若林 かをり

《プログラム》
サルヴァトーレ・シャリーノ作曲
「フルート独奏のための 作品集 第一集・第二集」より
– Lettera degli antipodi portata dal vento
〈風が運ぶ町外れの人びとからの手紙〉
– Come vengono prodotti gli incantesimi ?
〈どのようにして魔法は生み出されるのか?〉
– Canzona di ringraziamento
〈歓喜の歌〉
– L’orizzonte luminoso di Aton
〈アトンの光輝く地平線〉
– Morte tamburo
〈死の太鼓〉

料金:
一般前売 2,000円/当日2,500円
学生前売 1,000円

問:スリーシェルズ070-5464-5060/カオスモス事務局 basara_chaosmos@nifty.com
 

 
【関連公演】
◆若林かをり フルーティッシモ!《特別公演IN滋賀》
〜燦めく闇・瞬く時間〜サルヴァトーレ・シャリーノ70歳記念の年に
2017年10月1日(日)滋賀・立木音楽堂
※近江楽堂と同プログラムにて開催予定

【関連記事】
interview 若林かをり(フルート)
〜シャリーノの音楽は私にとって魔法のようなものです〜

https://ebravo.jp/archives/32681
 

 

 

 
◆若林かをり《フルーティッシモ!》に寄せて

若林かをりさんは、鬼才、マリオ・カローリの弟子の一人で、これまでに行ってきた演奏会を見てもわかるようにフルート・アヴァンギャルドの第一人者なのだ。
若林さんが、サルヴァトーレ・シャリーノの生誕70年を記念して、彼の独奏のための作品集から、今度は、昨四月に演奏した第一集・第二集で残された5曲を演奏する。これですべての曲が演奏されることになると言う。この曲こそ、「フルーティッシモ!」に ふさわしい曲なのだ。若林さん、ガンバレ!

湯浅譲二(作曲家)

***

若林かをりさんの素晴らしい演奏と企画は、これからの21世紀の音楽を創り出してゆく多くの若い演奏家たちの鏡となるものだと思っています。世界のコンテンポラリー音楽の混沌とした状況のなかから、彼女の視点から選ばれたフルート音楽が、彼女自身の見事な演奏によって光を与えられます。小さな場所から出発して、その響きは少しずつ共振の波動を拡げてゆきます。今後とも彼女の演奏活動を、心から応援していきたいです。 
細川俊夫(作曲家)

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「フルーティッシモ!」5回目、おめでとう!なんでも始めるのは簡単、続けるのが難しい!
この調子で「フルーティッシモ!」10回目になるのでそのメッセージをください」というリクエストを近いうちに待っています!
ロンドンより。

藤倉 大(作曲家)

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フルートとは、なんとエレガントで、なんとラディカルな楽器なのか——。
若林かをりの演奏を目にすれば、誰もがそう思うだろう。
特殊奏法云々という時代は遠い昔。
今、作曲家の求める音だけに耳を澄ます。
それはまさに“フルーティッシモ”な音楽体験。

国塩哲紀(東京都交響楽団芸術主幹)

◆若林かをり《フルーティッシモ!》に各界から寄せられたメッセージ続きはこちら