白井光子(メゾソプラノ)

デュオ結成45年目で目指す新しいアプローチ

左:ハルトムート・ヘル 右:白井光子
2011年11月第一生命ホール公演にて ©大窪道治

 歌手とピアニストが一体となった最小の室内楽「リート・デュオ」の先駆者として、現在も第一線を駆け抜ける白井光子とハルトムート・ヘル。世界各地での演奏・教育活動によって多くの歌手たちにドイツリートの正当な伝統を伝えている。デュオ結成45周年を迎える大切な年のリサイタルに選ばれた曲目は、彼女たちの最重要レパートリーともいえるシューマンとヴォルフ。前半の核となるのはシューマン「女の愛と生涯」だ。
「これまでの活動を振り返る意味でも、いま『女の愛と生涯』を演奏することにとても意味があるのではないかと思い選びました。この作品では登場人物の“現在”が描かれているので、振り返るような形で解釈し、演奏することはできません。どうしても彼女の体験から遠ざかってしまいますから。ですから、遠くから登場人物を“見る”のではなく、“なる”ことで、実体験としてこの歌に向き合うつもりです」
 後半に並ぶヴォルフは、近年では演奏される機会が増えているが、魅力的に聴かせるのは非常に難しい作曲家のひとりだ。
「ヴォルフの作品は言葉とひたすらに密接で、言葉の陰影を理解することも必要です。もちろん、どの作曲家もそうですが、ヴォルフは特に詩を何度も読み込んで書いたということが伝わってきます。その点で私は幸運でした。パートナーのヘルは文学を愛していて、言葉の裏にあるものを深く読み解くことができ、その“色”まで感じ取ることができる人ですから」
 ドイツ、オーストリアの作曲家の広範な作品をレパートリーとする白井とヘル。膨大なレパートリーからその作品の本質を導き出し演奏することは本当に大変なことだが、それを実現してきた秘訣はどこにあるのだろう。
「その作曲家の作品に流れているエネルギーを受け止めることですね。音を出した瞬間、またその出したものが消えていく瞬間をどう捉えるかで全く演奏は変わります。さらに演奏する側が作品に合わせて変わることも必要です。自分の持つテクニックでアプローチするのでなく、音楽からどう演奏するかを教えてもらう、という感覚が重要なのです」
 2人の演奏を聴くと、リートというジャンルが言葉と音楽が深く結びついたものだということを強く感じることができる。45年という時間を共にし、またこれからもドイツリートの本質を伝え続けてくれるデュオの、新しいアプローチによるシューマンとヴォルフをぜひ堪能したい。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2017年10月号から)

室内楽の魅力 白井光子&ハルトムート・ヘル 〜女の愛と生涯〜
10/28(土)15:00 第一生命ホール
問 トリトンアーツ・チケットデスク03-3532-5702 
http://www.triton-arts.net/