荒井英治(ヴァイオリン)

節目の年に紡ぐ“言葉のない歌”

 ヴァイオリニストの荒井英治が久々に本格的なリサイタルをひらく。共演は清水和音。
「清水さんとは90年代後半にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第3番・第7番などを共演して、良い感触を持ちました。そして今回、再び、一緒に音楽ができればと希望したのです。前回は、彼に自分とは違う音楽性を感じて、演奏している時はストレートに“幸せな気分”というものではなかったのですが(笑)、後で記録用の録音を聴くと素晴らしい演奏だったんですよ。ヴァイオリンとピアノがケンカするわけではなく、それぞれの世界を描く。個性相並ぶ、ヴァイオリン・ソナタとしての面白さがあったのです。今回、彼と演奏したら、以前より楽しい時間を過ごすことができると思います。彼は確固たる世界を持っていますが、その音楽は決して恣意的ではない。自分の技を誇示しないところが素晴らしい。ピアノや音楽に対する関わり方が自然で、共演者として心地よいですね」
 荒井といえば、現代音楽に積極的というイメージがあるが、今回は完全な19世紀のドイツ&オーストリア・プログラム。
「日頃、学校のレッスンで、ブラームスのソナタを僕がピアノで伴奏することもあり、以前よりもブラームスの作品を心情的に理解できるようになりましたね。ベートーヴェンの第6番は、抒情的で歌曲のような歌がある。技を持っていると、歌うということも技で処理しがちになってしまいますが、作曲者のイデーやイメージに近づいて、本当に歌を引き出したいと思っています。また、シューマンの『3つのロマンス』もヴァイオリン曲として弾きたくないのです。オーボエの音色やフレーズ感を大切にして、“言葉のない歌曲”として取り組みたい。シューベルトの『幻想曲』は1985年の最初のリサイタルで弾いて以来です」
 今回、実は荒井にとって還暦を祝う演奏会でもある。
「以前よりも、シューベルトやシューマンが近い存在に思えてきたし、ここらで一つ、こういう曲を演奏したいと気持ちが固まったんですね」
 26年間コンサートマスターを務めた東京フィルを一昨年退団し、現在は東京音楽大学教授を務めている。
「今は東京音楽大学での仕事がメインです。自分の活動の半分以上を教えることにあてています。一人ひとりレッスンをして個として学生と向き合うのは楽しい。自分でも発見することが多いのです。学生には、生きる上での指針や基礎となるものを持ってもらえればと思います。オーケストラでの演奏は、日本センチュリー響の首席客演コンサートマスターを引き続き務めて、年に10本位出ています。あとモルゴーア・クァルテットも今年で結成25周年なんですよ」
 荒井のこれからの活動にますます目が離せなくなってきた。
取材・文:山田治生
(ぶらあぼ2017年8月号より)

荒井英治(ヴァイオリン) × 清水和音(ピアノ)
2017.9/23(土・祝)15:00 王子ホール
問:サンライズプロモーション東京0570-00-3337 
http://miy-com.co.jp/