ウィーンで亡命音楽家に関する展示が開催

〜エクシール・アルテ・センター設立記念展示

 ウィーン国立音楽大学エクシール・アルテ・センター(exil.arte Zentrum)で、同館設立を記念した展示『作曲をするとき、私の心はウィーンに帰る』が行われている。入場無料。

エクシール・アルテ・センター 展示室エントランス

 同館は亡命音楽家研究の拠点として設立され、今春の東京・春・音楽祭2017で、東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.4「忘れられた音楽ーー禁じられた作曲家たち〜《Cultural Exodus》 証言としての音楽」の企画構成を務めるなど、亡命音楽家研究の第一人者としても知られる同大学教授のゲロルド・グルーバーが創設、代表を務めている。

 200年に渡って優れた芸術家を輩出してきたウィーン国立音楽大学(MDW)だが、その歴史にあって1933年から38年にかけて、多くの芸術家がナチス・ドイツの脅威を逃れてヨーロッパを去ることを余儀なくされた。そのなかには異郷で活動を続けることのできた者もいれば、生活の基盤を完全に奪われた者もいた。
 展示では、コルンゴルトの燕尾服をはじめ、以下を含む50人以上の芸術家にまつわる資料が展示される。エクシール・アルテ・センターでは、設立を記念するこの展示をMDWに関わった当時の芸術家たちの運命に捧げる、としている。

E.W. コルンゴルトの燕尾服

エゴン・ヴェレスのピアノ

●ゲオルク・ティントナー(1917〜99)
ウィーン少年合唱団に入団した最初のユダヤ人であった彼は、MDWで学んだ後、ニュージーランドでは農場を営み、そしてブルックナーを指揮する第一人者の一人となった。彼が指揮した地方オーケストラの存在は、今日までほとんど知られてこなかった。

●ヘルベルト・ツィッパー(1904〜97)
MDWで学んだ彼は、ダッハウとブーヘンヴァルトの強制収容所から脱出し、マニラ交響楽団とブルックリン交響楽団を指導し、晩年まで東南アジアの教育構想の発展に従事した。

●アルマ・ロゼ(1906〜44)
MDWで学んだ彼女は、ウィーン・フィルのコンサートマスターであった父と演奏活動を行い、彼が解雇されると共にイングランドへ渡った。ところが資金不足のために大陸に戻らざるを得ず、捕らえられてアウシュヴィッツの強制収容所に送還され、そこで女性オーケストラを指導した。

●ワルター・アーレン(1920〜)
ユダヤ人であることを理由にギムナジウムから除名された彼は、一年後に亡命したためMDWで学ぶことさえ叶わなかった。後にロサンゼルス・タイムズの音楽批評家となり、ロサンゼルスの大学に音楽学部を設立し、主導した。彼の音楽作品は8年前に初めて公開され、これまでに6枚のCDが制作されている。今日も躍進を続ける97歳の作曲家である。

●ローベルト・フュルステンタール(1920〜2016)
ナチスの迫害を逃れるために故郷ウィーンと若き日の恋を失った彼は、学業を修めることもできなかった。しかしながら、半世紀以上の時を経てかつての恋人に再会すると、彼の創作意欲は湧き上がった。

●エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897〜1957)
神童であった彼は、オペラ作曲家としてヨーロッパ中にその名を轟かせ、MDWでは教鞭をとった。ハリウッドで映画作曲家として戦中を耐え抜いたものの、戦後になるとその華やかな音楽はもはや理解されなかった。彼の音楽は映画音楽のようだと言われるが、実際は逆なのである。

展示パネル近影

■ウィーン国立音楽大学エクシール・アルテ・センター設立記念展示
「作曲をするとき、私の心はウィーンに帰る」
“Wenn ich komponiere, bin ich wieder in Wien.“(”I return to Vienna when I compose.”)

●開館時間
通常:火〜土(祝日を除く) 14:30〜19:30
7月〜8月:火〜金(祝日を除く) 13:00〜16:00
●所在地
Lothringerstraße 18, 1030 Wien
●入場無料
●問:
info@exilarte.at
学生などのグループ・ガイドツアーは要相談。

●ウェブサイト
英語:http://www.exilarte.at/exhibitions.html
独語:http://www.exilarte.at/ausstellungen.html