アッシャー・フィッシュ(指揮)

《魔笛》でモーツァルトはドイツ・オペラの扉を開いたのです

C)Rikimaru Hotta

 今秋のバイエルン国立歌劇場日本公演で《魔笛》の指揮を執るアッシャー・フィッシュ。日本ではすでに、N響や名古屋フィル、新国立劇場にも登場しているが、この3月には新日本フィルとの初共演のために来日した。
「日本で仕事をするのは好きですね。すべてがとてもよく準備されていて、完璧です。でも、音楽の場合には、完璧じゃないことがあるのも面白いということがあります」
 その言葉通り(?)25日の演奏会では、プログラム最後の曲(リストの交響詩『マゼッパ』)のラストで指揮棒が客席へと飛んだ。熱のこもった演奏のフィナーレにふさわしいハプニングでもあった。
 マエストロはこの日の夜には首席指揮者を務める西オーストラリア交響楽団のもとへ。さぁ、次はいよいよバイエルン国立歌劇場の《魔笛》での来日だ!
《魔笛》についてうかがいます、と言った途端に、ちょっとニヤリ。
「まず言えるのは、この作品には天才的な仕事がなされているということです。《魔笛》に関して私が何かを説明する必要なんてないんですよ、ベートーヴェンの『第九』がどう素晴らしいのかを語る必要が無いのと同じようにね。ただ、《魔笛》は音楽史的には、ドイツ・オペラの扉を開いた作品であるということは言えます。ドイツ・オペラの重要な流れとしては、次にベートーヴェンの《フィデリオ》があり、ロマン派の発展があって、やがてワーグナーやR.シュトラウスへと続いたわけです。だから、ある意味ドイツ・オペラの始まりが《魔笛》だと言っても過言ではないと思います」
 たしかに、《魔笛》はドイツ語のセリフと歌によるジングシュピール(歌芝居)で、モーツァルトの他のイタリア語によるオペラとは異なる性格をもっている。セリフの部分については、演出によってはカットされたりすることも珍しくない。
「ベルリンではかなり“刈り込んだ”かたちの上演で振ったことがあるけれど、今回のエヴァーディングによる演出は、ジングシュピールのスタイルはそのままにセリフの部分がたくさんある楽しいものです。この演出は大好きですね」
 さて、エヴァーディングの演出で特徴的なのは、第2幕のザラストロ、パミーナ、タミーノの三重唱(第19番)が、ザラストロの最初のアリア(第10番)の前に置かれていること。ちなみにこの三重唱は、試練を前に不安に襲われる若者たちを賢者ザラストロが励ます、ドラマの上でも音楽的にも非常に重要なナンバーだ。この配置の変更について聞いてみると
「これは音楽的な面からでなく、ストーリー的な解決としてエヴァーディングが決めたものです。私自身も、この方が理にかなっていると思いますね。実はこの三重唱は《魔笛》のなかでも一番好きなものかもしれない。この場面を振るときにはとてもエキサイティングなワクワク感があるんです」
 ピアニストとしても活動するマエストロは、幼い頃に習ったピアノの教師が実は声楽の先生で、自分の前後に行われていた声楽のレッスンに触れ、その魅力を感じたという。ピアノ曲でも声楽曲でも、群を抜いて心を捉えたのがモーツァルトの音楽だった。長じて、ピアニストとして、また指揮者として活躍するなかで、いろいろな作曲家の作品を演奏するが、「モーツァルトは本当に特別なんです」と幸せそうな微笑みをみせた。
 《魔笛》が“フリーメイソン的な”オペラといわれることについてはあまり意識がないと言う。
「フリーメイソンというよりは、“キリスト教的でない”と感じています。《魔笛》を振っていると、モーツァルトがザラストロを好ましい人物として描こうとする気持ちがうかがえます。おそらくモーツァルト自身がヒューマニストでもあったから、ザラストロのような役どころの重要性を理解してこの作品を書いたのだと思います。本人はたぶん、映画『アマデウス』に描かれていたような、パパゲーノ的なキャラクターだったんだと思いますけどね(笑)」
 日本公演でザラストロ役を歌うマッティ・サルミネンは、先日亡くなったクルト・モルと並び、マエストロが最も影響を与えられたバス歌手なのだそうだ。「彼のようなベテランが舞台に登場すると、とても安心感がありますし、特別感があります」
 オーケストラは、モーツァルトのオペラにふさわしいサイズの“10型”で。モーツァルトを心から愛するマエストロ・フィッシュのタクトからは、これぞモーツァルト! という音楽の繊細さや美しさが引き出されるにちがいない。
取材・文:吉羽尋子
(ぶらあぼ2017年5月号より)

【Profile】
イスラエル生まれ。ダニエル・バレンボイムのアシスタントを務めた後、1995年にはロサンゼルス・オペラで米国デビュー。シアトル・オペラ首席指揮者、ウィーン・フォルクスオーパー、ニュー・イスラエル・オペラの音楽監督を務め、2014年より西オーストラリア交響楽団首席指揮者・芸術顧問に就任。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、ベルリン、ドレスデン、パリ、シカゴほか世界中の歌劇場およびオーケストラで活躍。指揮活動のほか、ピアニストとしても活動している。

【Information】
バイエルン国立歌劇場2017年日本公演
モーツァルト:歌劇《魔笛》(全2幕)

指揮:アッシャー・フィッシュ 
演出:アウグスト・エヴァーディング 
改訂演出:ヘルムート・レーベルガー 
美術・衣裳:ユルゲン・ローゼ 
管弦楽:バイエルン国立管弦楽団 
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団

出演 
ザラストロ:マッティ・サルミネン 
タミーノ:ダニエル・ベーレ 
夜の女王:ブレンダ・ラエ 
パミーナ:ハンナ=エリザベス・ミュラー 
パパゲーノ:ミヒャエル・ナジ 
パパゲーナ:エルザ・ベノワ 他

9/23(土・祝)15:00 、9/24(日)15:00、9/27(水)18:00、9/29(金)15:00 
東京文化会館

※バイエルン国立歌劇場2017年日本公演の《タンホイザー》については下記ウェブサイトをご覧ください。
問 NBSチケットセンター03-3791-8888 
http://www.bayerische2017.jp/