アレクセイ・マルコフ(バリトン) インタビュー

 10月のマリインスキー・オペラ来日公演で、《エフゲニー・オネーギン》《ドン・カルロ》に出演するバリトンのアレクセイ・マルコフに聞いた。

ーーマルコフさん、今回は何度目の来日になるのですか?
 2回目です。2011年2月の《トロイアの人々》が初来日でした。

ーー今回の日本公演では、両方の演目で重要な役を歌っていただきます。
 《オネーギン》のタイトルロールと、《ドン・カルロ》のロドリーゴ。両方とも歌はもちろん、心理描写、演技もとても重要なポイントになります。まず、あなたのオネーギン像をお聞かせください。
 オネーギンは、ロシアの若い教養ある貴族です。美しい所作、立ち振る舞い、気高さなどがまず浮かんでくるイメージです。ステージでは彼のそんな魅力を存分に表現して、お伝えできればと思っています。声楽的な面で言うと、オネーギンの人物像は、チャイコフスキーがすべて音符で、見事に表現しています。つまりオネーギンの若さ、ある意味高慢さ、苦悩、葛藤など内面的なフィーリングは、全部音で描かれているのです。私の役目はそれをしっかり歌いきって、聞き手にまっすぐお伝えすることだと思います。
 私にとってオネーギンは、もっとも「歌いこんだ」オペラ作品と言えます。マリインスキー劇場のステージで歌った最初の大きな役が、オネーギンでした。今からもう10年ほど前になります。それから現在まで、おそらく回数的にも一番歌っていると思います。私の最も好きな作品の一つで「私のオペラ」「私の役」と自信を持って言えますよ。
 マリインスキー劇場以外でも、これまでに様々な演出のオネーギンを歌ってきました。スペイン、スイス…中には現代的な演出もありましたが、ステパニュク版は、むしろ「古典的」に近い演出です。現代風の衣装があるわけでもないし、内容を現代社会になぞったり、置き換えたりしていません。そういう意味でも、私には入り込みやすく、先ほど言ったようにすでに歌いこんだ役柄で、私なりのイメージもしっかりと出来上がっています。

ーープーシキンはロシア人の魂だと聞きます。あなたも子供時代から、プーシキンの作品に親しんできたのですか?その中でも、《オネーギン》はどんな作品ですか?
 おっしゃる通りで、プーシキンの詩には、ロシア人の魂、心が込められています。その点では、一番ロシアらしい詩人、とも言えましょう。プーシキンが込めたたくさんのロシア魂を、私も日本の皆さんに伝えたいです。
 ロシアの子供は誰でも、小さい時からプーシキンの作品に慣れ親しんでいます。もちろん、学校で学びますし、生涯を通して、プーシキンは私たちロシア人の心の中にずっとあり続けます。中でも、特に「オネーギン」は、数あるプーシキンの詩の中で、もっともロシアらしい作品です。まさにこれぞロシアの魂、と言った感じでしょう。

ーーこの作品は青春の悲劇、ままならない人生を描いた成長物語ですが、共感するところは?それとも現代から考えると時代遅れ、でしょうか?
 もちろんこの話の時代背景は18世紀、今から200年も前の設定で、今は考えられないことが多い。たとえば、決闘で決着させる、なんてこと、今の時代ではありえないでしょう(笑)? 言い方を変えれば、これは2世紀前だからこそ起こりうる話なのです。
 ただし!ロシアの社交界の道徳を知る上では、大変貴重な資料的な話です。例えば、乳母が歌の中で「私は13歳で嫁に出され…」と歌っていますよね。当時のロシアの社会では、別に驚きではなかった。それから、当時はすべてフランス語が上流社会の共通語とされていました。タチアナの手紙も、フランス語で書かれたのです(オペラの歌詞ではもちろんロシア語ですが)。レンスキーも、オネーギンも、流暢にフランス語を操る、上流社会の若者。ラーリン家を初めてオネーギンが訪れた時、姉妹を紹介されるシーンがありますね。実はプーシキンの原作では、二人はラーリン家では母親のラーリナとだけ話をして、姉妹とは話さない、帰る道すがらで、どちらがタチアナだったんだ、とオネーギンがレンスキーにたずねるのです。チャイコフスキーのオペラでは、3時間で話を完結せねばなりませんから、その辺は少し原作を変えて、ラーリン家ですぐに、タチアナと名乗り合う展開に変わっています。原作と読み比べてみると、その辺の微妙な違いも面白いですよ。もちろん、チャイコフスキーは、プーシキンが描いたオネーギンの高潔さやタチアナの純真さなどは、寸分変えず音で表現しています。

《ドン・カルロ》より Photo:N.Razina
《ドン・カルロ》より Photo:N.Razina

ーー次に《ドン・カルロ》について。ロドリーゴは、この作品の中で最も複雑な役だと思いますが、あなたのロドリーゴ像はどんなものでしょう?
 私の役柄もそうですが、本当に美しいオペラです。オペラの中で歌われるアリアや、重唱はどれをとっても、傑作と言えましょう。ロドリーゴのアリア、エボリ公女のアリアもそうです。すべて、美しい…。
 《ドン・カルロ》は私にとっては新しい作品、今回の日本公演が2回目のステージになります。初めての舞台は今年の4月でした。2回目のデビュー、という言い方はどうですか?(笑) 
 ロドリーゴは、とても面白い役柄です。彼の一途さ、祖国や友人に対する忠誠心、もしかしたら、あらゆるオペラ作品の中でも際立った一途な役かもしれません。そのロドリーゴのひたむきな心を、ぜひ演じてお伝えしたいと思います。声楽的観点では、カンティレーナの旋律、エレガントな音のラインが魅力的で、聴かせどころ満載、バリトン歌手には歌いごたえのある役です。

ーー今回はロシアオペラの傑作と、イタリアオペラの傑作を歌うわけですが、その一番の違いは何だと思いますか? またロシアオペラの特徴は何でしょうか?
 う〜ん、そうですね… まず、ロシア・オペラは声楽的にとても複雑だということでしょうか。チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフなどの作品は、どのイタリアのオペラよりも難しい。ロシア語の特徴でもあると思います。ロシア語の発音を、音に乗せるのが簡単ではないのです。より深い発音、とでも言いましょうか、非常に強い“声楽力”がないと、なかなか歌いこなせるところまではいきません。これは、ロシア人以外の人にとってではなく、ロシア人たちも、そういう見方が多いです。みなさん、賛同されるのでは?

《ドン・カルロ》より Photo:N.Razina
《ドン・カルロ》より Photo:N.Razina

ーー最近のマルコフさんはとても大きな飛躍を遂げられていらっしゃいますが、ご自身ではどう感じていますか?
 それはもちろん、幸せに感じています。世界のいろいろな劇場のステージに立てて、聴衆に待たれる歌手になることは、誰もが目指しているわけで、私もおかげさまで、様々な国の舞台に立つようになりました。本当に幸せで、やりがいを感じます。何よりも、マエストロ・ゲルギエフのおかげです。マエストロには才能を見抜く力があって、私に限らず、若手の有能な歌手がマリインスキーのステージから育っていることはご存知だと思います。若手の可能性をどんどん広げて、歌う場所を与えてくれます。

ーーそのマエストロについてもお聞きしたいのですが、マエストロの指揮のもとで歌える喜びについて、そして、マエストロはあなたにとってどのような存在なのでしょうか?
 まずは素晴らしい音楽家である、ということです。オーケストラも素晴らしい。彼のもとでは、一つ一つのステージが毎回大きな経験となって、どんどん蓄積されていきます。マエストロこそが、私の人生の指標を定めてくれた、と言えます。道を拓けてくれた・・・。
 ロシア国内だけではなく、海外でのデビューもマエストロ・ゲルギエフとでした。2007年メトロポリタン歌劇場でのデビューで、演目は《戦争と平和》。アンドレイ・ボルコンスキー役でした。それからも数々のステージを、マエストロと共に立ちましたが、どれも素晴らしい経験です。

ーー最後に日本の皆さんへメッセージをお願いします。
 《トロイアの人々》で短期間でしたが日本に行き、とても惹かれました。今回は京都でもステージに立ちます。前回よりもゆっくり、日本での時間を楽しむことができそうです。日本の皆さんにお目にかかれるのを、とても楽しみにしています!

マリインスキー・オペラ
ワレリー・ゲルギエフ(指揮) マリインスキー歌劇場管弦楽団&合唱団
《ドン・カルロ》
10/10(月・祝)14:00、
10/12(水)18:00 東京文化会館

《エフゲニー・オネーギン》
10月8日(土)14:00 ロームシアター京都
10月15日(土)12:00、
10月16日(日)14:00 東京文化会館

問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
公演の詳細は下記、マリインスキー・オペラ 来日公演2016公式HPでご確認ください。
http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016