上原正敏(テノール)

 リリコ・レッジェーロの甘く高音域に秀でた声を持ち、7月には東京オペラ・プロデュースによるアルファーノ《復活》公演(日本初演)のディミトリ役でも注目を集めた人気テノール、上原正敏。最新アルバム『赤い靴』は、岩河智子の編作『おとなのための童謡曲集』による意欲作。室内楽の名手・大須賀恵里がピアノを務めた。
「岩河さんの編作では、メロディはそのまま、ファンタジックに装飾されたピアノが誰もが知っている日本の童謡から新しい世界を引き出してくれる。例えるなら、実相寺昭雄監督が手掛けたウルトラシリーズのエピソードのように、子どもには少しわかりづらいけれど、大人がはっとするような深い味わいや美しさがあります」
 それだけに単なる伴奏を超えたピアノ・パートが重要になるが…。
「大須賀さんは歌の伴奏経験が殆どない方でしたが、豊かな音楽性を持っているので、ぜひ演奏をお願いしたかった。最初は私たち声楽家の慣習的な歌い方を“楽譜に書いてない”と指摘されたり、なかなか刺激的なスタートでしたが、彼女のピアノが素晴らしい舞台演出の役割を果たし、それに乗っかって気持ちよく歌う事ができました」
 野口雨情の詩による〈赤い靴〉や〈青い眼の人形〉では大正時代の異国情緒がドラマティックに浮かび上がる。
「少女の運命が気になる〈赤い靴〉では当時、横浜の波止場が持っていた“危うい”イメージを意識しました。岩河さんの書法の見事な点は、〈青い眼の人形〉の“わたしは言葉がわからない”をわざとピアノの拍とずらして歌わせることで、異国から来た人形の哀しみや不安な気持ちを表現しているところですね」
 西条八十の詩による〈かなりや〉ではシンプルでカンツォーネのような朗々たる響きが楽しめる。
「〈かなりや〉は笑顔を忘れてしまった子どもを意味すると言われていますが、私には“歌を忘れたテノール歌手”を温かい愛情で見守るようにと訴える、とても優しい歌に聞こえます(笑)」
 収録曲のほとんどが大正生まれの童謡だが、金子みすゞの詩に現代になって山崎浩が曲を付けた〈私と小鳥と鈴と〉も聴き所だ。
「山崎くんをよく知っているので、とても彼らしい素敵な曲だと思います。この歌が伝える“みんな同じでなくていい”というメッセージが今回の企画を進める上で凄く励みになりました。長く暮らしたイタリアで、私の歌うカンツォーネに聴衆が涙してくれました。これからは時代を超えた美しい童謡で、沢山の日本人の心に響く歌を歌っていきたいと思っています」
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年10月号から)

【CD】『赤い靴』
ナミ・レコード
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9/25(金)発売