平野公崇(『目で聴く 耳で観る 即興コンサート』監修)

“ギリギリの芸術”をリアルタイムで体験

©ノザワヒロミチ(CAPSULEOFFICE)

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 七夕の晩に、東京芸術大学と洗足学園大学の学生と卒業生によるコンサートが開催される。題して『目で聴く 耳で観る 即興コンサート』。チラシに書かれた出演者には、音楽学部に加え美術学部の学生と卒業生、そして「ピアノ、歌、尺八、琴、ヴァイオリン、サックス、建築、日本画」とある。これは一体どのようなコンサートなのだろうか? この公演の監修者であり両大学で即興演奏を教えている、サクソフォン奏者の平野公崇に話をきいた。
「即興と通常の演奏の違いを例えるなら、ドキュメンタリーと台詞のあるドラマでしょうか。即興とはその奏者の“事実”そのものをリアルタイムに体験する芸術です。ですから、奏者とリスナーにとって一瞬たりとも気が抜けないスリリングなものです。人間は極限状態になると日常では不可能な潜在能力が発揮されるといわれていますが、即興ではまさにその極限状態がずっと続き、通常では絶対演奏できないような音楽を奏でてしまうこともあるのです」
 平野が即興と出会ったのはパリ高等音楽院だった。
「音楽院の卒業試験直後に、たまたま耳にしたヨーロッパの学生の演奏したフレーズの美しさに衝撃を受けました。彼は、おそらく何も考えずにすーっと吹いただけなのに、なぜこんなに素晴らしい音が奏でられるのか? 自分が今まで努力して得てきたものは、一体なんだったのか? 正直、ものすごい挫折感を味わいました」
 この挫折を味わったのち、平野は同音楽院の即興クラスの門を叩く。
「即興は私にとって初めての経験でしたが、授業が進むにつれて、私の演奏は“日本的”だと言われるようになりました。自分では何が“日本的”なのか理解できなかったのですが、彼らはその価値観を認め尊重してくれている。そうか、これこそ自分が“ありのままでいい”という価値観なのかと。欧州の人々にとって、クラシック音楽は自国の文化だというはっきりとした自覚があります。でも日本人はそうであるとは言い難い。これは日本人がクラシック音楽に対して、自らの発想や価値観を育んでこなかったのが原因ではないかと思うようになったのです。私はその価値観を即興でみつけることができたのです」
 しかし、即興は日本人にとって苦手というイメージがある。
「複数の奏者と即興を行う場合、相手の演奏をいかに理解するかが大事なポイントです。それも奏者の心理までを瞬時に察することができれば、即興のレベルは格段に上がります。日本人の“察する”または“相手を慮る”という能力は世界最高レベル。この能力こそが即興を素晴らしいものに導くカギなのです」
 そして洗足学園大と東京芸大で即興の授業を受け持つようになり、今回の企画を考えた。
「授業の中で創造が生まれる環境をつくりたいと願っています。美術学部の生徒たちが加わることで、音楽学部の生徒はどんどん刺激を受けていて、面白い反応が日々起こっています。どんなコンサートになるかは、当日までわかりません。若い人たちが創りあげる“ギリギリの芸術”、ぜひ一緒に体験してみてください!」
取材・文:大塚正昭
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年6月号から)

目で聴く 耳で観る 即興コンサート
7/7(火)19:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hallチケットセンター03-5478-8700 
http://www.hakujuhall.jp