ハオチェン・チャン(ピアノ)

「逆アーチ型の音楽の流れ」への誘い

©B. Ealovega
©B. Ealovega

 2009年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝したハオチェン・チャン。史上最年少での快挙から6年が経ち、当時10代だった彼も今年25歳になる。「自分一人の練習室で得られるものは60パーセント、残りの40パーセントは舞台でしか得られない」という彼は、世界各地での演奏活動を経験することで、確信に満ちたピアニストへと成長した。ラン・ランやユジャ・ワンを育てたゲイリー・グラフマンのもとで磨いた表現力と圧倒的な技巧で、思い描いた音を自在に表現してゆく。
 来日のたびに多彩なプログラムを披露する彼だが、今回もまた、聴く前から想像が膨らむような素敵な曲目を用意している。そこには、「人間が水に飛び込み、深い海の底に辿りついて、再び水面に浮上する」という一連の流れが意識されているそうだ。
「まずは、ヤナーチェクのピアノ・ソナタ『1905年10月1日、街頭にて』から始めます。デモの最中にあるチェコの労働者が命を落としたという政治的な出来事に基づく、ヤナーチェクの想いが表現された、ミステリアスで感情的な作品です。冒頭から新鮮な印象をお持ちいただけると思います。そこから、シューマンの『クライスレリアーナ』へ。シューマンが、精神的な病に苦しむ小説の主人公と自分自身を重ねつつ、個人的な情緒を反映させた作品で、深い水の底へ向かいます。事件の“前兆”と“事後”からなるヤナーチェクの作品、精神の“内向”と“外向”からなるシューマンの作品。どちらも2つの相反する要素からなるという意味で、共通するものがあります」
 そして後半、ベートーヴェンで折り返し、再び聴衆を外の世界へと連れ出す。
「ベートーヴェンの『告別』は、彼が敬愛するルドルフ大公との別れに際して書かれています。1、2楽章は“別れ”、3楽章は“再会”であり、作品の中に折り返し点があるわけです。ここから、前半のプログラムに対してコントラストが感じられるスクリャービンへ。そして、色彩豊かで近代的なヒナステラで、水面の上に飛び出すというイメージです」
 そんな「逆アーチ型の音楽の流れ」に聴衆を導きたいと、ハオチェンは言う。
「日本のみなさんは、音楽をとても大切にしてくれます。演奏家にとってステージに立つことがこれほど楽しい国は、他にないでしょう。その会場の空気を吸い込むことが、今からとても楽しみです!」
 頭脳明晰、真面目で素直な性格とともに、豊かな空想の世界を持ち合わせるピアニスト。今回もその独自の世界観を余すところなく表現してくれることだろう。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年5月号から)

6/16(火)19:00 紀尾井ホール
問:カジモト・イープラス0570-06-9960 
http://www.kajimotomusic.com

他公演
6/7(日)石巻/法音寺 問:法音寺内・石巻復興支援会0225-24-1294
6/10(水)フィリアホール 問:045-982-9999
6/13(土)三原市芸術文化センターポポロ 問:0848-81-0886