インタビュー:尾池亜美(ヴァイオリン)

 今春で11回目を迎える東京・春・音楽祭。美術館・博物館とのコラボレーションによる「ミュージアム・コンサート」は、アートと音楽をより深くかつ気軽に楽しめる公演として人気が高い。現在『新印象派ー光と色のドラマ』展を開催中の東京都美術館でも3つの魅力的な記念コンサートが予定されている。昨年、アルバム『French Romanticism』で鮮烈なデビューを果たした、若手ヴァイオリニストの尾池亜美がその一つに出演する。
(取材・文:東端哲也 撮影:M.Terashi/TokyoMDE )

◆19世紀末に「印象派」の流れを汲み、点描法によって光を捉えるなど、その様式を色彩理論に基づいて発展させ、20世紀初頭の「フォーヴィスム」誕生の源となったというのが「新印象派」と言われています。今回の公演のプログラミングとはどのようにリンクなさっているのですか?

尾池:美術史の流れをそのまま当時の音楽シーンにぴったり当てはめるのにはちょっと無理があるかもしれません。確かに一般的に「印象派」と呼ばれることの多いドビュッシーにしても、本人はそう呼ばれることを決して歓迎してはいなかったようです。私もむしろ、ドビュッシーのソナタのエッジの効いた感じなどは「印象派」よりも、「新印象派」のくっきりとした色彩表現に近いとも思いました。もともとフランス音楽が好きで、デビュー・アルバムも『French Romanticism』と題してフランクやサン=サーンスの曲を選んだ程ですので、今回のコンサートのお話をいただいた時はとても嬉しかったです。選曲については20世紀の作品という点も意識して、自分の好きな曲を自由にじっくりと選ぶことができました。1時間という限られた時間ですが、色鮮やかな作品を揃えることができました。

◆プログラムの曲順にもこだわったそうですね。

尾池:演奏の順番によって曲の印象が変わると思います。ですから、最初から流れをシュミレーションして、頭の中で何回もリサイタルを開きました(笑)。冒頭のブーランジェ「2つの小品」より「コルテージュ(連れ添い)」は長さが1分程と短く、子どもたちが集まって行進しているような可愛らしい曲ですので、オープニングにはぴったりかもと思いました。

◆2曲目には、聴きごたえのあるドビュッシーのヴァイオリン・ソナタを演奏しますね。

尾池:ピアノ曲のイメージが強いドビュッシーですが、弦楽四重奏曲やチェロ・ソナタをみても、弦楽器の扱いには結構遊び心が溢れていて、ピアノにはできないことを伸び伸びとやっている気がします。このヴァイオリン・ソナタも小品が3つ並んでいるような構成になっていますが、あまり曲間を空けずに続けて弾くと心にすっと入ってくれます。今回ピアノで共演する佐野隆哉さんもパリに数年いらしたことがあり、ドビュッシーが大好き。「この曲は濃いブルーのフランスの空を連想させる」なんて、素敵なことをおっしゃっていました。

◆イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番」が、いいアクセントになっています。

尾池:ヴァイオリニストであったイザイは主にフランス音楽の影響を受け、自身の作品を残しています。ただ、この作品自体はそこまで「印象派」や「新印象派」らしくないかもしれませんね。どちらかというとシンボリックというか、古代の強そうな彫刻を思わせる“かっちり”とした壮大さがある。3楽章からなり、第1楽章が特にかっちり系ですが、第2楽章はとても優しい曲で、ひたすら同じメロディがループしながら幻想的に広がり、第3楽章で盛り上がって終わる。こんな無伴奏曲もあるんだよって、いろんな方に聴いていただきたいです。

◆シマノフスキの「神話— 3つの詩」より「アレトゥーザの泉」も鮮烈です。

尾池:シマノフスキもフランス人ではなくポーランドの作曲家ですが、この「神話」は特別にドビュッシーの音のイメージの作り方に凄く似たものを感じます。それにポーランドの素朴な田舎の風景を思わせる雰囲気が好きで、次のショーソンにも自然に繋がっていくと思います。

◆ショーソンの「詩曲」との出合いはいつ頃のことですか?

尾池:東京芸大時代にジェラール・プーレ先生に教わったのが最初の出会いです。厳しいけれどとても熱いものを感じた、今でも忘れられない印象的な授業でした。今回、久しぶりに演奏できて嬉しい。ヴァイオリン・リサイタルなどではお馴染みの曲ですが、このプログラムの中では渋い、モノクロームなイメージですね。

◆最後はイザイ「サン=サーンスのワルツ形式の練習曲によるカプリス」。

尾池:もともとピアノ曲ということもあり、佐野さんのお気に入りのレパートリーでもあるそうなので、華やかなピアノパートをお楽しみ頂けると思います。サン=サーンスは「印象派」よりも古い時代の作曲家ですが、私のアルバム『French Romanticism』に因んでいれてみました。佐野さんとの共演もこのアルバムが最初です。

◆普通のコンサート・ホールではなく、会場が東京都美術館の講堂なのも楽しみです。

尾池:実は私、趣味で絵を描いていまして、いつか自分の個展をしながらコンサートを開くのが夢なんです! 今回の企画はコンサートを聴いて音楽の記憶が鮮やかなうちに絵画を鑑賞するのも、絵を見た後でコンサートに足を運んでいただくのも、そのどちらでも素敵だと思います。午後2時開演ですから、終演後に上野の街を散策するのもきっと楽しいですよ!

◆散策といえば、上野界隈で芸大時代に尾池さんがよく行っていたお店はありますか?

尾池:東京芸大時代は自分が在籍していた音楽学部ではなく、隣の美術学部にある昭和の雰囲気漂う「大浦食堂」でよく食べていました。ここの名物メニュー「バタ丼(豆腐のバター焼き丼)」は絶品でした!

(※取材協力■名曲・珈琲 新宿 らんぶる 東京都新宿区新宿3-31-3 03-3352-3361


ミュージアム・コンサート
「新印象派ー光と色のドラマ」展 記念コンサート vol.2
〜尾池亜美(ヴァイオリン)

3.20 [金] 14:00 東京都美術館 講堂

■出演
ヴァイオリン:尾池亜美
ピアノ:佐野隆哉

■曲目
ブーランジェ:《2つの小品》 より「コルテージュ(連れ添い)」
ドビュッシー:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第4番 ホ短調 op.27-4
シマノフスキ:《神話ー3つの詩》op.30 より 「アレトゥーザの泉」
ショーソン:詩曲 op.25
イザイ:サン=サーンスのワルツ形式の練習曲によるカプリス

【料金】全席自由 ¥2,100
東京・春・音楽祭チケットサービス03-3322-9966