上野星矢(フルート)

孤独を感じるときに聴きたい曲ばかり集めてみました

「あの日本人は誰?」。客演首席奏者として同行した昨年のリヨン歌劇場管弦楽団来日公演の、鮮烈なフルート・ソロに聴衆騒然。今もっとも注目すべきフルート奏者はこの若者だろう。現在ミュンヘンを拠点に活動する上野星矢3枚目のCD『into Love』は、なんとJ-POPカヴァー集。スピッツ、山崎まさよし、椎名林檎…。すべて彼自身の選曲だ。
「海外で暮らしていると、どうしても孤独を感じることが多いのですが、そんな時に聴きたい音楽を、日本人なら誰でも知っている名曲の中から集めてみました。高校の通学時に聴いた曲、好きだった女の子と一緒に聴いた曲。タイトルの『Love』という語には、そんな『思い出』の意味も込めています」
 クラシックの演奏家がポップスを手がけることに、必ずしも肯定的でない声もあるのではないか。
「直接言われたこともありますが、あまり気にしていません。伝わる印象が違うとしても、同じ音楽。そこには良い音楽とそうでない音楽の2つしか存在しないはずです。それぞれの素晴らしさがあるのに、それを区別するのは僕には疑問です。ではなぜ自分がクラシックを専門にやっているかというと、僕の中では名曲が多いのがクラシックだから。理由はそれだけです。クラシックでもポップスでも、演奏は、その音楽がどう素晴らしいのかを読み込んでいくという、まったく同じスタンスの作業です」
 アレンジは高校以来の盟友・内門卓也と東京芸大の同級生・網守将平。上野が万全の信頼を寄せる2人だ。類まれな演奏テクニックゆえにいとも自然に響くサウンドだが、実は上野本人による高度な演奏技術が隠されている。
「でもそこに注目してほしいわけではありません。技術はあくまで手段。海外に住んでから、練習時間も増えて表現の幅が広がり、感情や気持ちが自然に出てくるようになりました。技術上の都合というフィルターを介さずに、ストレートに音楽に没頭できます」
 原曲の歌詞はとても意識したそう。
「もともと歌詞ありきの曲たち。言葉のないフルートでその世界をどこまで表現できるか、執念です。実際に、言葉にするよりも伝わるものがあるのではないでしょうか。言葉だけでは伝えきれない、感情や気持ちそのものを、フルートだったら表現することができるんじゃないか。それがこのCDを録音した理由でもあります」
 あなたもきっと感じるはずだ。彼の豊かな“歌”が、具体的な意味を伴った言葉として立ち上ってくる前の未分化な感情を、そのままそっと掬い取って伝えているのを。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年2月号から)

上野星矢フルートリサイタル
(主な演奏予定曲 プロコフィエフ:フルート・ソナタ、バルトーク:15のハンガリー農民の歌、ブーレーズ:ソナチネ 他)
1/27(火)19:00 宮城野区文化センターパトナホール
1/29(木)19:00 電気文化会館ザ・コンサートホール
2/ 5(木) 19:00 Hakuju Hall
2/10(火)19:00 札幌コンサートホールKitara(小)

スペシャル・ライヴ(上記公演とはプログラムが異なります)
2/6(金)19:30 南青山MANDALA
問:森音楽事務所03-6434-1371 
http://www.mori-music.com

CD『into Love ― ポピュラーソング・カヴァーズ』
日本コロムビア 
COCQ-85237
¥2800+税
1/21(水)発売