外山啓介(ピアノ)

充実した時期迎え、さらなる高みを目指す

(C)Yuji Hori
(C)Yuji Hori

「勝負の時期を迎えていると感じます。精神的には今、ピアニストという自分の仕事に大きな充実感を覚えていますし、前向きに落ち着いて臨んでいます。しかしここからはさらに“本物”を目指していきたいですね。“本物”とは理想です。理想は高くありたい」
 今年30歳という節目を迎えた外山啓介。デビューして8年目の心境を、低音の美声で力強く語った。6月から意欲的なリサイタルで全国10カ所以上を巡っている。公演タイトルを『plays FAVORITE PIANO SONATAS』とし、ソナタをテーマに据えた。
「バロックから近現代まで、多くの作曲家がソナタを残しています。その様式は時代とともに大きく変化してきました。どの作曲家にとってもソナタとは基本であり、なおかつ勝負所の作品だったのではないでしょうか」
 前半はモーツァルトの第11番「トルコ行進曲付」を取り上げる。
「モーツァルトの音楽は天真爛漫でありながら、どこか風刺的な面もあります。このソナタの第1楽章は変奏曲です。6つの変奏をいかに変化させるかが難しい。もちろん音型はわかりやすく変わりますが、それらを単に並べることは避けたい。大事な要素は『休符』だと僕は捉えています。楽譜上の休符のみならず、変奏と変奏の合間で何をするのかが大切です。次の変奏を予告させるのか、逆にまったく予告させずにいくのか。行間を読むように、休符や間合いで何ができるかを考えたいですね」
 続いてはベートーヴェンの第8番「悲愴」だ。
「ゆったりとした序奏で始まるこの曲は、ある種型破りなソナタです。ベートーヴェン自身が『悲愴』という副題を付けている点も思い入れの深さを感じさせます。彼にとっての『悲愴』が、失われつつあった聴力のことを指していたかどうかは判りません。しかし、音楽家にとってそれほど恐ろしく深い悲しみはないでしょう。僕にとって計り知れない悲しみとは、やはり音楽ができなくなること。想像することしかできませんが、そんな重みと対峙してこの作品に向き合っています」
 後半にはリストの大曲、ロ短調ソナタを用意している。「今回のツアーで演奏できることになったとき、喜びのあまり震えが起こった」と語る外山は、このソナタを論文にしたため東京芸大の修士号を取得していた。
「楽曲分析をし、この作品の優れた構造を言語化して初めて見えてくるものがありました。限られたモチーフが、驚くほど多様に扱われているのです。それらを理性的にとらえて聴く人にお届けしたい。興奮と冷静の狭間でギリギリまで格闘し、喜ばれる演奏がしたいです」
 前半と後半の冒頭には、モーツァルトのロンドK.511とリストの「愛の夢」という、どちらも外山がこよなく愛する作品も弾く。
 充実と挑戦の日々にある外山は、休暇中に一人旅に出ることもあるという。「奄美大島の人々と自然に感動した」と声を弾ませた。音楽家として、人として、一層輝きを増す外山の30代の活躍に期待したい。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年8月号から)

9/6(土)18:00 サントリーホール
問:チケットスペース03-3234-9999 
  http://www.ints.co.jp

他公演 
7/20(日) 海南市民交流センター
8/30(土) 三井住友海上しらかわホール
9/12(金) 札幌コンサートホールKitara
9/27(土) ザ・シンフォニーホール
10/5(日) 豊川市小坂井文化会館フロイデンホール
11/9(日) 下呂交流会館泉ホール
12/14(日) 市川市文化会館
全国公演については、外山啓介公式ウェブサイトでご確認ください。
http://www.keisuke-toyama.com